/

商船高専、海のIT化で変化の波

高専に任せろ!2018

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞

日本海に面した富山県射水市は北陸きっての港町だ。引退した練習帆船「海王丸」が展示された港湾の近く。富山新港の一角に停泊した練習船「若潮丸」(231トン)の船上では、県内外の中学生と保護者ら約40人が集まっていた。

富山高専の生徒らは練習船を使って実践的な技能を学ぶ

この日は富山高等専門学校(高専)商船学科が年2回開くオープンキャンパス。参加者は学生らの案内で港内を1時間半航海した後、機関室や制御室を見学した。男子学生が「外航船の船員は1年のうち数カ月は船で生活し、残りは陸で休んでいる。ロマンがありますよね。初任給も陸上の仕事の倍ほどあります」と説明すると、中学生から笑みがこぼれた。

高専の中でも商船高専は海事人材を育てる教育機関。富山高専は日本海側で唯一の商船高専だ。この若潮丸を使った実習は、1年生では半年に1回程度だが、3年生後半からは多い時は週2回の頻度で実施している。

航海コースで学ぶ女子学生は「父は県警の船の機関長。本当は船長になりたかったらしく、勧められて入学を決めた」と話す。学生はいずれも「海が好き」という点で共通しており、船上では表情が輝いて見える。

商船高専5校の志願者倍率は、ここ数年は推薦も含めて2倍台で安定している。ただ学生集めは順風満帆ではなかった。1990年代後半から2010年にかけては2倍を切る時期もあった。

海運業界の動向が影響している。最盛期の1970年代には日本人の船員は約28万人を数えたが、海運不況を経て現在は4分の1。外航船員に限るとピーク時の25分の1だ。労働環境が厳しいイメージも手伝い、中学生の志願者数は低迷した。

一方で、卒業生が一般企業に就職するケースも増えた。5商船高専の海事産業への就職率は、2000年代以降は6割程度で推移。大多数が海事産業に就いた時代からは考えられない状況だ。所管の文部科学省からは15年に「船の維持費用もかさんでいる。海事産業への就職率が6割なら、定員も6割に減らせ」とプレッシャーがかかった。

英語力を底上げ

「危機感を感じた」。富山高専商船学科の山本桂一郎教授は振り返る。海を取り巻く環境は変わっている。高専と学生も変わらなければ、取り残されてしまう。山本教授らは海運関連の企業を訪問、現場が求める人材のニーズを聞いて回った。

富山高専が所有する練習船「若潮丸」

真っ先に着手したのがグローバル化だった。商船高専の学生は技術と理論をバランス良く習得しているが、語学力は唯一弱点とみられていた。

海運業界では人件費を下げるため、最近は日本籍船でも日本人がほとんど乗っていない船もある。「国内大手海運ですら船員の大半がフィリピン人や東欧系」(業界関係者)。多国籍の船員とコミュニケーションするためにも英語は必須だ。

英語の授業では、船の専門書を英語に翻訳して教材に転用した。学生が主体的に議論するゼミ形式を採り入れたり、海外の商船学校から外国人教員を採用したりした。

ハワイ・カウアイ島やシンガポールにある教育機関と連携したインターンシップも開始。現地で数週間かけて学んだ実績を単位として認定する制度を導入した。学生の背中を押し、「グローバルで働く意欲を向上させる狙いがあった」(山本教授)という。改革前に比べTOEIC(英語能力テスト)の点数も平均100点程度上がった。

また、山本教授らは、これらの取り組みを、同じ志を持つ5つの商船高専で共有し、互いに情報交換して効果を高めた。

電子海図に対応

5校共通で整備したIT教材は代表例。タブレットを使ってエンジンなどの構造を学ぶ。学生ごとに異なる習得度をクラウドで管理するなど、学習効果も高められる。今年度は学生がIT教材のアイデアを競い合う「船アプリコンテスト」と題するイベントも5校共同で計画している。

船の電子化も加速している。以前は手書きだった海図が自動で更新される電子海図となり、学生に求められる知識や要素も変わってきた。富山高専では電子化に対応したシミュレーターを導入。5人のチームで電子海図で航海計画を立てるなどの授業も実施している。

海事産業への就職率は16、17年度は8割に増えた。高専関係者らは、学生の意識改革が進み、企業が実践的技能を評価した結果だとみている。

業界も協力する。日本郵船は商船高専の希望者を自社で持つフィリピンの商船大学に2週間受け入れるプログラムを導入した。大橋宏明・人事グループ長代理は「同世代の外国人と切磋琢磨(せっさたくま)することで、働くイメージが高められる」と期待をこめる。

変化の波を乗り越えた商船高専。そこで育った若い力が世界の海にこぎ出す。

(企業報道部 小柳優太)

商船高専 航海士や機関士など海事産業に関わる人材育成を目指す。国内57を数える高等専門学校(高専)のうち5校あり、富山高専射水キャンパスの商船学科(富山県射水市)、鳥羽商船高専(三重県鳥羽市)、弓削商船高専(愛媛県上島町)、広島商船高専(広島県大崎上島町)・大島商船高専(山口県周防大島町)を商船高専と呼ぶ。

[日経産業新聞 2018年8月3日付]

防災の街 実現へ駆ける

「早く被災地に行きたいのですが」。7月上旬の西日本豪雨災害の被災地復興のためにボランティアとして参加しようとする高専生がいる。神戸市立工業高等専門学校、都市工学科5年の豊嶋康祐さん。前期試験や大学編入試験があるためまだ現地に行けないが「8月中下旬には必ず行きます。まだ全然、人が足りていないですから」。

中学生の時にテレビで見た東日本大震災の衝撃を受け、「居てもたっても居られなくなった」と言う。その熱い気持ちが豊嶋さんを震災関連の基盤整備などの勉強ができる神戸高専の門をくぐらせるきっかけとなる。2年前の熊本地震ではヒッチハイクで熊本県益城町に入り、半壊の家から家財道具を取り出したり、昨年の九州北部豪雨でも被災地で家の中の泥かき作業に加わったりした。

ボランティア活動で池の補修前に生き物を避難・保護する豊嶋康祐さんたち

 都市工学科は自然災害から都市を守る「都市防災」を学ぶ。自然環境を大切にしながら、安全・快適で美しい都市空間をデザインすることを目的に創設された。もともとあった土木工学科を1994年に変更して誕生した学科であり、全国の高専でもユニークな存在だ。翌年に阪神大震災が起き、その学問の必要性が高まるという運命を背負う。西日本豪雨では神戸市内でも土砂崩れが起きた場所があった。

「自然災害が相次いでいて都市工学科への関心は高まっている」(学科長の水越睦視教授)として最近は防災リテラシー育成に力を入れる。阪神大震災から早期に復興した経験をより社会にいかすねらいがあるからだ。

防災や減災に関する講義では、地殻変動や気象変動などの自然の営みと災害発生のメカニズムについて学ぶ。そして実際の災害対応でどのような判断を迫られるのか、ゲームを使う手法で実践的な感覚を磨く。肺蘇生法や自動体外式除細動器(AED)の取り扱いについての講習も行う。

教訓残る「神戸」で学ぶ

地域密着で学ぶ姿勢は高専ではお手の物だ。7月24日に行われた専科生が対象の都市防災学の発表会。学生の自宅から近くにある避難所まで、危険な場所の有無や、どのような経路で避難所に向かうのが最善なのかを発表していた。

6月の大阪北部地震で小学校のブロック塀が崩れ、不幸にも幼い命が奪われた直後だけに発表する姿は真剣そのもの。住宅街に潜む見落としがちな場所などが次々と指摘されていく。

ハザードマップでは指摘されないような街路灯がなく緩やかな坂が続く道路では夜間の避難が可能なのか。高齢者にはこの坂道は負担になるのではないか。日ごろは何も意識していない貯水池も大雨だと何が起きるかわからない。神戸市西部で明石市と隣接している場所の報告では明石市側の地域情報が乏しくなることもわかった。災害は行政区分に関係なく起こる。都市を災害から守るための気づきだ。

教える側も土木系を中心に地方自治体のアドバイザーとして地方のインフラに目を光らす。高度成長期には道路、橋梁などの社会インフラが急速に整備された。だが成熟社会を迎え、財源確保に奔走する中で、新たな社会インフラの充実はなかなか望めない。むしろ既存の社会インフラを補修するメンテナンスの力量が問われる。

山、丘、谷、海など起伏のある神戸は様々な社会インフラを直接目で見ることができる"教材"の宝庫だ。阪神大震災を学び、語り継ぐ施設も多い。そして豊かな自然があるのも神戸の特徴だ。都市工学科では自然環境の再生と創造も研究のテーマとなっていて「『環境を守りたい』という問題意識を持って学びに来る学生も目立っている」(宇野宏司准教授)。

デザインの腕競う

11月の全国高等専門学校デザインコンペティションに向けて橋を製作する「デザコン研究会」のメンバー

8月になり全国の高専は夏休みに入り、キャンパスは静かになると思いきや休みを返上し、実習室で手を動かしている学生がいる。秋から冬にかけて開催される高専生向けの様々な競技大会の準備が本格化するからだ。都市工学科の同好会「デザコン研究会」は11月の全国高等専門学校デザインコンペティション(デザコン)の構造デザイン部門に挑む。昨年は同部門で8位。今年はさらに上位を目指す。

構造デザイン部門では銅線とハンダだけで美しい橋を作るもので指定された集中荷重と移動荷重に耐えることが求められる。

構造力学などの理論を駆使し試行錯誤を繰り返し形にしていく。競技の条件は厳しく、製作物の質量も上限がある。「ガチガチの条件にもかかわらず、全国の高専生が大会に持ち寄る作品のデザインは様々。『同じ条件で同じ人間が考えるのにこんなにも違うのか』ということを知るのもデザコンに出場する楽しみの一つ」。ムードメーカーで研究会の代表を務める4年生の清水葉平さんは語る。高専生の潜在能力の高さの証拠だ。

神戸という独特の都会の雰囲気を維持していくのか。自然災害にもしなやかに耐え、平穏な日々を見守る役割を神戸高専は担っている。

(編集委員 田中陽)

[日経産業新聞 2018年8月6日付]

すべての記事が読み放題
有料会員が初回1カ月無料

関連トピック

トピックをフォローすると、新着情報のチェックやまとめ読みがしやすくなります。

関連企業・業界

企業:

セレクション

トレンドウオッチ

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

新着

注目

ビジネス

ライフスタイル

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン
Think! の投稿を読む
記事と併せて、エキスパート(専門家)のひとこと解説や分析を読むことができます。会員の方のみご利用になれます。
新規会員登録 (無料)ログイン