2018年9月21日(金)

マケイン米上院議員死去 「孤高」貫いた政治家
トランプ氏と対立いとわず 「ベトナム」体験が原点に

トランプ政権
北米
2018/8/27 19:30
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マケイン上院議員は党派を超えて尊敬を集めた(2017年10月16日、米フィラデルフィア)=ロイター

マケイン上院議員は党派を超えて尊敬を集めた(2017年10月16日、米フィラデルフィア)=ロイター

 25日に死去した米共和党の重鎮ジョン・マケイン上院議員は、ベトナム戦争での過酷な捕虜生活や、道義を重んじるその言動が党派を超えた尊敬を集めた。党の方針に沿わない場合でも信念を曲げない姿勢から「一匹おおかみ」の異名をとり、トランプ大統領の政治姿勢をたびたび批判。「孤高」の政治家人生は81年でその幕を閉じた。

 1936年8月、海軍大将の祖父、父という軍人一家に生まれた。海軍士官学校に入り、パイロットとしてベトナム戦争に従軍した際に搭乗した軍用機が撃墜され、5年半にわたって捕虜になった。激しい拷問が続いて体重は一時50キログラムを下回り、2回自殺を試みようとしたこともあったという。

ベトナムの捕虜収容所を解放後、ニクソン米大統領(当時)と面会したマケイン氏(中央、1973年5月25日、ワシントン)=AP

ベトナムの捕虜収容所を解放後、ニクソン米大統領(当時)と面会したマケイン氏(中央、1973年5月25日、ワシントン)=AP

 しかし、マケイン氏は屈しなかった。それどころか、父が太平洋軍司令官になった機会をとらえた北ベトナムから早期解放を持ちかけられると、「自分よりも前に捕虜になった仲間を一緒に解放すべきだ」として拒否したという。

 共和党候補として民主党のオバマ前大統領と争った2008年大統領選で、支持者集会で黒人のオバマ氏をアラブ人だから信用できないと語った女性には、こう説いた。「いえ、彼はとても立派な米国市民だ。たまたま私とは基本的な政策で意見が異なるだけだ」

マケイン氏(左)は2008年の大統領選をオバマ氏と争った(選挙後の同年11月17日、米シカゴ)=ロイター

マケイン氏(左)は2008年の大統領選をオバマ氏と争った(選挙後の同年11月17日、米シカゴ)=ロイター

 党派にとらわれない政治行動でも知られた。03年、温暖化ガスの排出規制に慎重な共和党のブッシュ(子)政権下で排出を規制する法案を民主党議員とともに提案したこともある。民主党や無党派にもシンパが多く、04年大統領選では民主党大統領候補だったケリー上院議員から副大統領ポストを打診されたと語られている。

 米メディアによると、マケイン氏の葬儀では00年大統領選で共和党候補の指名を争ったブッシュ(子)氏、08年大統領選を戦ったオバマ元大統領が弔辞を読む見通しだ。ホワイトハウスからはペンス副大統領が出席する予定。トランプ氏を招かないのは、マケイン氏の意向だという。

 トランプ氏は前回の大統領選で、マケイン氏を「彼は捕虜になったから戦争の英雄になった。私は捕虜にならなかった人物のほうが好きだ」とこけにした。マケイン氏もトランプ氏のロシアへの融和的な姿勢などに苦言を呈し続けた。

 亀裂が決定的になったのは、17年7月の医療保険制度改革法(オバマケア)見直し法案の採決だった。闘病中にもかかわらず議会に駆けつけたマケイン氏は造反して反対票を投じ、成立を阻んだ。オバマケア撤廃は政権公約の柱の一つだけに、トランプ氏は激怒した。

 米紙ワシントン・ポストによると、マケイン氏の死去を受けてその功績をたたえるホワイトハウスの声明を周辺が準備していたが、トランプ氏が反対して自らのツイッターでお悔やみを伝えるだけで済ませたという。マケイン氏の不在は、トランプ氏にもの申しにくくなっている共和党の姿をさらに際立たせることになる。(ワシントン=永沢毅)

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