球場が呼んでいる(田尾安志)

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甲子園がすべてではない 弱小校にも利あり

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2018/8/26 6:30
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今年の全国高校野球選手権は第100回記念大会にふさわしく、記憶に残るシーンが多かった。大阪桐蔭の史上初となる2度目の春夏連覇、金足農の秋田勢103年ぶりの決勝進出、済美(愛媛)の史上初の逆転サヨナラ満塁本塁打――。金足農を筆頭に、2度の2桁得点をマークした高知商(高知)、大阪桐蔭と接戦を演じた高岡商(富山)と公立校の奮闘も目立った。

史上初となる2度目の春夏連覇を果たした大阪桐蔭ナイン=共同

史上初となる2度目の春夏連覇を果たした大阪桐蔭ナイン=共同

彼らの活躍を目にすると、自分が球児だったころが思い出された。大阪府出身の私は小学生のとき、リトルリーグの大阪市西区の代表チームに入って全国大会決勝に進出。中学では軟式の部活で大阪市のベスト4までいったこともあり、いくつかの私立高校に勧誘された。特に熱心に誘ってくれた北陽高校(現関大北陽)には練習を見学にいき、入学したいと思ったのだが、母親に「できたら公立にいってほしい」と言われ、最終的に大阪府立泉尾(いずお)高校に進んだ。

泉尾の入学試験を受けにいったとき、野球部は練習しているかなと思ってグラウンドを見ると、2人の部員がキャッチボールをしていた。「入りますからお願いします」と言って参加させてもらうと、私がぴゅっと投げた球が捕れない。がくぜんとした。

練習試合断られ、発奮材料に

入ってみると、3年生が3人、2年生は2人のみ。新入生は20人ほど入ったうち私を含めて10人が残り、何とか試合ができるというありさまだった。夏に3年生が引退すると、一大勢力である1年生がチームの中心になった。試合で失策をすれば容赦なくやじが飛び、悔しくて自主的にノックを100本も200本も受ける空気が生まれていく。弱かったため、練習試合をしてくれる学校があまりなかったのはつらかったが、そのことが発奮材料にもなった。「断られたところにいつか公式戦で勝ってやる」と。

大阪桐蔭と接戦を演じた高岡商など公立校の奮闘も目立った=共同

大阪桐蔭と接戦を演じた高岡商など公立校の奮闘も目立った=共同

ふつふつと湧き上がるエネルギーが3年生になって爆発した。夏の地方大会2回戦の近大付戦。早々に優勝候補と当たったことで、仲間の一人は「もっと上にいけると思ったのに」と戦う前から白旗を揚げていたが、投手だった私は諦めなかった。結果は完封勝ち。続く春日丘にも完封で勝ち、4回戦ではあの北陽も破った。準々決勝で大商大高に勝って4強入り。大会前、ある新聞に「泉尾はベスト4の力がある」と書いてあったが、その通りになった。

ただし、快進撃もそこまでだった。浪商(現大体大浪商)との準決勝は1-9の大敗。連投の経験がなかった私の球に、準々決勝までの威力はなくなっていた。この年はPL学園が浪商を下して優勝するのだが、日程の余裕があれば、たとえPLが相手でも打たれない自信があった。ただ、負けて泣いた1年、2年のときと違って、投げきったという満足感の方が大きかった。打たれない自信はあっても決して甲子園に出ることを狙っていたわけではなく、「練習試合をしてくれないチームに勝ちたい」という目標が達成できただけで満たされた。

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