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90秒一本勝負 スタートアップのスゴいプレゼン

NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞

スタートアップ企業が自社事業のプレゼンテーションを競う「ピッチコンテスト」が増えている。ベンチャーキャピタル(VC)などが主催するイベントで、知名度の乏しいスタートアップにとっては大手企業との協業や資金調達につながる成長の起爆剤だ。プレゼンの持ち時間はわずか3~5分。自社の魅力を効果的に伝えるには、どうしたらいいのか。

ピッチ界のトップアスリート

多くのスタートアップ企業がピッチコンテストに挑み、敗れ、涙をのむ中、優勝常連の企業が存在する。

「あなたもエンパスの関係者か」。今年5月、欧州の小国ルクセンブルクを訪れた日本人には、現地の人々からこうした声がかけられた。

欧州でもスタートアップ育成に熱心な同国で開かれたピッチコンテスト「ICTスプリング」。日本企業ではじめて優勝したのが音声人工知能(AI)解析のEmpath(エンパス、東京・渋谷)で、現地のメディアは大々的にこの快挙を報じた。

ただ、同社にとっては想定外の快挙とは言えなかった。同じく5月、シンガポールとフランス・パリで開催されたピッチでも勝利。2017年の日本、ドバイと合わせると5カ国で優勝経験を持つ。いわばピッチ界のトップアスリートが、いつも通りの実力を発揮しただけなのだ。

エンパスは17年にソフト開発のスマートメディカル(東京・千代田)から事業独立してできた。言語を問わず音声のトーンや間合いなどを解析して、話し手の喜怒哀楽がわかるシステムを開発・販売している。

なぜ国内外のピッチで勝ち続けられるのか。山崎はずむ最高戦略責任者(CSO)は「型がある」と話す。ピッチのプレゼン時間は1社当たり3~5分程度と短く、プレゼンテーターのアドリブ、ぶっつけ本番は通じない。山崎氏は海外事業と営業の責任者として対策を煮詰めた結果、「時間の半分は市場の成長性と社会課題に割く。そこで勝負は決まる」という勝利の方程式にたどり着いたという。

具合的な3分間のプレゼンの流れをみてみよう。エンパスにとっての市場は、AIスピーカーに代表される音声インターフェース市場だ。2020年代半ばに世界で1200億ドル(約13兆円)以上に膨らむ予測を紹介して、審査員に成長市場であることを知らせる。

次は社会課題の提示だ。AIスピーカーは普及してきたが、話した音声を解析してビジネスに生かす仕組みは、まだ途上であることを示す。

ここまで説明した上で、「エンパスの技術を導入したコールセンターは成約率が2割高まりました」と、ようやく自社製品の紹介をはじめる。

だがその後の説明は実に淡泊だ。音声解析で感情判断できる技術的仕組みについては、解析画面をスクリーンに見せるだけ。その後、採用実績や収益モデルや競業製品との比較、経営陣の紹介でプレゼンは終わる。

AIスピーカーは日本より海外が開発・普及で先行している。そのため、エンパスは創業時から海外市場の開拓が成長に必須と判断。海外ピッチ参加に向けて公的機関の支援プログラムなどに積極的に参加した。そこで「技術説明は10秒で十分とアドバイスされた」(山崎氏)ことが強烈に印象に残り、試行錯誤で現在の型ができた。

技術の詳細な説明は嫌われる

自社の技術やサービスに思い入れが強い起業家ほど、持ち時間の大半をその説明に使いがちだ。熱が入りすぎて開発の苦労に話が及び、時間切れになる残念なケースもある。一方、審査員が知りたいのは、プレゼン中の製品・サービスで社会がどう便利になるかということ。その根拠となる技術やノウハウは、気になったらプレゼン後に聞けばいいと考えている。

研究開発分野のピッチを中心に審査員経験が豊富なベンチャーキャピタル(VC)、ビヨンドネクストベンチャーズ(東京・中央)の伊藤毅社長は「技術の詳細が中心のプレゼンは聴衆に理解されない」と言い切る。

「『面白そうなので、今度詳しく話を聞かせて欲しい』といった聴衆の次の行動を引き出すことがピッチの目的だと考えて欲しい」とした上で、伝えるべきポイントとして、(1)解決したい課題(2)解決手段とその熱意(3)ビジネスの可能性(4)ビジネスを実現できるチームであることの4点を掲げる。

これら4点のほとんどを最初の90秒で提示するエンパスの型は理にかなっており、プレゼンテーターの個性を超えた普遍性を持つ。シンガポールのピッチでプレゼンしたのは山崎氏ではなく同僚だった。型に沿った説明で優勝できた。

電子薬歴システムのカケハシ(東京・中央)もピッチ巧者の評判が立つ。今年3月のスタートアップイベント「B Dash Campピッチアリーナ」と、7月の富士通のピッチイベントで優勝。目下2戦2勝だ。

「自社製品をいかに共感してもらえるかに尽きる」。中尾豊社長は勝利の秘訣をこう語る。

16年3月設立の同社は、薬剤師がモニターで患者に服薬指導できるクラウドサービスを手掛ける。患者の薬歴を参照しながら手厚いコミュニケーションができる。モニター操作で指導内容はデータ化されるため、薬剤師の作業負担も軽くなる。

ピッチのプレゼンでは、市場の成長性を力説し技術説明は抑えるなど、エンパスの山崎氏と共通点は多い。加えて「間と姿勢に気をつけている」(中尾社長)という。

熱弁より3秒の沈黙

カケハシ(東京・中央)の中尾豊社長が重要だと語る「間と姿勢」とは何か。同社のシステムは7000店舗から引き合いがあるが、その数字だけを淡々と語ってもアピール力は弱い。かといって、前のめりの熱弁では聴衆は引く。そこで「どれくらい採用されていると思いますか」と投げかけてから、3秒間の沈黙をつくる。聴衆各自がイメージした後で実際の数字を語ると、印象は強まるという。

またシステムを使う薬剤師のコメントを紹介するスクリーン画面では、あえて客席に背を向ける。観客にスクリーンに集中してもらうためだ。

「わかりやすいストーリー構成に加えて、観客をひき付けられるだけの自信を持てるかが重要だ」と話す中尾社長。自信は練習の積み重ねから生まれる。「間や姿勢の取り方は模擬プレゼンとイメージトレーニングを繰り返すしかない」。初戦となった3月のピッチでは前日からプレゼン当日の夕方までの1日半、会場のホテルに缶詰となって繰り返し練習したという。

プレゼンの巧拙はプレゼンターである経営者のパフォーマンス能力に左右されると思われがちだが、エンパスとカケハシの事例は、緻密な計算と地道な練習の積み重ねがより重要であることを示している。これは大企業でも同じだ。数多くの名スピーチを残した米アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏は5分間のプレゼンのリハーサルに何十時間も費やしていたことで知られている。

事業会社がコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を相次ぎ立ち上げるなど、日本でもスタートアップ投資額は増えている。一方で、投資先には偏りがあり、有望技術やサービスがあっても資金調達に苦しみ、日の目を見ないスタートアップも多いとされる。

技術やビジネスモデルさえ尖っていれば、顧客は黙っていても増え事業は拡大していく、という考え方は、経営資源に乏しいスタートアップにとっては立ち枯れにつながるリスクもある。周囲の耳目を集め成長につなげることは経営者の重要な責務だ。実際、ピッチコンテストの広告宣伝効果は大きい。エンパスの場合、ユーザーは現在約50カ国1000社・団体に広がり、7月には3億2000万円の資金調達もできた。

日本では、プレゼン上手な起業家はまだ多くはない。また、大企業の経営者、管理職の中にはプレゼンが苦手だと公言する者も少なくない。ただ、計算と練習で解決できるのだとしたら……。ピッチ巧者のノウハウを、試してみる価値は十分にありそうだ。  (榊原健)

[日経産業新聞 2018年8月21日付]

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