2019年8月21日(水)

文学の学び場 志支える 大阪文学学校校長 細見和之さん(もっと関西)
私のかんさい

2018/8/21 11:30
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■文学の学び場「大阪文学学校」(通称・文校、大阪市中央区)は1954年の創立以来、1万2500人を超す人々を送り出してきた。京大大学院教授で詩人の細見和之さん(56)は、2014年から同校校長を務める。自身が文校で学んだ経験から、打ち込むものを求める人たちの場として、同校の重要性を痛感している。

 ほそみ・かずゆき 1962年、兵庫県篠山市生まれ。91年阪大人間科学研究科博士課程修了。阪大助手、大阪府立大教授などを経て、2016年から京大大学院教授。専門はドイツ思想。11年度に詩集「家族の午後」で三好達治賞受賞。

ほそみ・かずゆき 1962年、兵庫県篠山市生まれ。91年阪大人間科学研究科博士課程修了。阪大助手、大阪府立大教授などを経て、2016年から京大大学院教授。専門はドイツ思想。11年度に詩集「家族の午後」で三好達治賞受賞。

「文校がなければ、どうしていただろう」と思います。僕は阪大を卒業した1985年4月、文校に入学した。大学では同人誌に加わり、詩やエッセーを書いていた。一方、勧誘されるままに入った社会運動系のサークルで、全く知らなかった語彙(ごい)と論理の世界を体験し、大変苦しい思いをした。そうしたことに時間を取られて4年生の時は卒論が書けず、1年留年しての卒業だった。

文校のことは85年1月ごろ、阪大で卒論の指導を受けた助手に聞いて知りました。卒論のあとがきに詩を書いたんです。すると、その方が「詩を書くんだったら、文校を知ってる」と教えてくれた。僕は卒業後の進路が全く描けていなかったので、「そこに行けば何とかなるんじゃないだろうか」と思い、文校の夜間部に行くことにした。

文校の授業はチューター(講師)を交えてクラス全員で持ち寄った作品を読みあい、感想や批評を述べる合評が持ち味。最初のチューターは詩人の川島知世さんで、批評の言葉が輝いていた。詩人の金時鐘さんは荘重で、H氏賞を受賞された詩人の青木はるみさんは知的な語り口。普段聞いていたのと全く違う日本語が話され、留学したような感覚を味わえた。

文校の卒業生の作家、田辺聖子さんは、「先生に『すごくいいでしょう』と言われた作品を、みんな感心して読んでいた」とおっしゃっていた。「いいものを評価しよう」という雰囲気がないと、芸術は存在しようがない。文校はそれを感じさせてくれる場所でした。

■文校の初年に大学院に進む勉強をし直して、2年目は阪大大学院に通いながら文校でも学んだ。その後、研究者の道を歩みながら、文校でチューターや事務局員を務める。文校から一時離れたが、声をかけられて第3代校長に就いた。

「文校のような学校は東京で続かない」と、よく言われます。文校の持ち味の合評の軸はチューター。チューターは自身が小説や詩を書く創作者でありながら、作品をじっくり読んで生徒と向き合います。東京では、このチューターを担う人を継続して見いだしにくいのだろうと思う。

文校から田辺さんや玄月さん、朝井まかてさんら芥川賞や直木賞の受賞作家らが生まれ、職業作家になりたくて来る人も多い。ただ、生活の糧になるかどうかは結果。自分の文学を書き続けることが大事で、そういう人たちが文化を支える。

6年前に、高校時代のフォーク同好会の仲間らとバンドを再結成した。今年夏、兵庫県丹波市のバンドフェスタに出場しましたが、ソロで出演した2人がとてもうまかった。音楽が好きなら、そういう人たちを聴きに行ってほしい。そのジャンルの裾野を広げることにつながります。

■文校を運営する大阪文学協会は1999年から、初代校長名を冠した小野十三郎(とおざぶろう)賞を主催している。詩や詩評論の創作を奨励する目的だ。

関西には織田作之助賞や三好達治賞などの文学賞がありますが、どこも運営に苦労している。小野十三郎賞の場合、選考委員の方々にあり得ない低額で引き受けていただいている。

数年前、関西で文化関係の補助金の削減が話題になった。文化関係の予算はもともとたいした額ではないので、削減しても浮く額はしれている。逆に言えば、大きな額でなくても「支援してます」と訴えられる。支援をアピールの場と捉えてほしい。そのほうが、みんなが元気になれます。

(聞き手は編集委員 小橋弘之)

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