1万円Tシャツに支持 久米繊維の「リーズナブル」
大手の衣料品通販サイトで1000円出せばTシャツが数枚買えてしまうなか、1枚1万1880円のTシャツが売れ続けている。素材の品質や国内工場での丁寧な縫製、数量限定生産――。高価な理由はいくつかあるが、それだけでは消費者の支持は得られない。事業として続けられている背景には、価格に対する消費者の信頼がある。

綿100%ならではのしなやかな感触、ほどよいストレッチ感で自然と体にフィットする。久米繊維工業(東京・墨田)の「久米繊維謹製色丸首Tシャツ」にはこんな特徴がある。これなら1万円を超えていても仕方がないと思わせる。
「リーズナブル」国産にこだわり
「リーズナブルという言葉の本来の意味は『訳がある』ですよね。安いということではないはず」。1万円を超える価格にした理由について、久米繊維工業の久米博康社長(51)はこう説く。
久米繊維工業は1935年の創業、2017年9月期の売上高は約4億7千万円。規模は大きくないが、国産Tシャツメーカーの草分け的存在としてアパレル業界ではよく知られている。
久米繊維工業が創業70年を迎えるにあたって企画したのが「久米繊維謹製色丸首Tシャツ」だ。1950年代半ばに同社が国産Tシャツの先駆けとして送り出した「色丸首」の復刻版だ。2004年に開発プロジェクトがスタートし、06年に発売した。

衣料品、中でもTシャツの価格競争は激しい。人件費削減のため、国内で販売されているTシャツの90%超は中国をはじめとする海外でつくられている。そうしたなか、久米繊維工業は「クオリティーを守る」(久米社長)ため、千葉県印西市にあるグループ会社の縫製工場での生産にこだわり続けてきた。同社のTシャツの中心価格帯は3000円台後半から5000円になっている。
創業70年を機に生み出された復刻版色丸首は、久米繊維工業のそうした姿勢を改めて強調する役割を担った。素材として選ばれたのは「80番手双糸」と呼ばれる糸だ。
糸を細くするほど、着たときにしなやかな感触を得られる。半面、光沢が出すぎてしまったり、体が外から透けて見えてしまったりする欠点がある。復刻版色丸首では、上質で細い糸を2本撚(よ)り合わせた80番手双糸を使うことで、しなやかさとほどよい厚みを両立させている。

袖の長さや袖回りの太さにもこだわった。日本人男性の体形にあわせたオリジナルの型紙を用意し、着たときにだらしなく見えないようにした。グループ会社の縫製工場に生産をすべて委ねていることもあり、「日本の紳士がまとうのにふさわしいシルエットになった」(久米社長)
生産数量も年間数百枚単位にとどめている。販売チャネルも自社の通販サイトや本社のファクトリーショップのほか、ごく一部の高級雑貨品店に限定している。
クオリティーの高さと希少性が1万円超という異例の高価格を支えている。だが、復刻版色丸首の場合、理由がもうひとつある。
「いつ買いに来ても同じ値段なので安心できる」。久米社長は復刻版色丸首を購入した消費者からこんな言葉を寄せられたことがある。
若手起業家の「御用達」に
アパレル業界では、安売りセールが頻繁に行われている。売り上げを維持するためだったり、在庫品を処分するためだったりするなど、セールには様々な目的がある。だが、あまりに頻繁に行われてきた結果、消費者が衣料品の価格に不信感を持つようになっていることは否めない。
久米繊維工業は定番製品であるTシャツの専業ということもあり、セールはしていない。復刻版色丸首も06年の発売から価格を変えていない。それは1万円超という価格に確たる裏付けがあるからだ。それが久米社長の「リーズナブル」という言葉につながり、価格への信頼を築いている。
最近、復刻版色丸首には意外なところから追い風が吹いている。米国の著名な起業家にならって高品質のTシャツを着て仕事をしたり、顧客へのプレゼンテーションに臨んだりする若手起業家が増えているのだ。
久米繊維工業のファクトリーショップにも秘書とおぼしき人が復刻版色丸首をまとめ買いに来るという。起業ブームが国産Tシャツの復権につながるかもしれない。
(商品部 長島芳明)
[日経産業新聞2018年8月20日付]
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