2018年12月11日(火)

二度と犠牲出さないで 飛騨川バス事故から50年

2018/8/17 17:36
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岐阜県白川町の国道41号で1968年、観光バス2台が土砂崩れに巻き込まれ飛騨川に転落、乗客ら104人が死亡した事故から18日で50年。国は事故後、雨量を目安に通行を事前規制する制度を導入、全国で道路の防災対策を見直した。節目の今年、現場付近の新たな整備も決まった。関係者は「同じような犠牲者が二度と出ないよう、十分な対策を」と願う。

土砂崩れに巻き込まれた観光バス2台が転落した現場(×印)付近の飛騨川と国道41号(1968年8月18日、岐阜県白川町)=共同

飛騨川の転落現場の下流で見つかった観光バス(1968年8月19日、岐阜県白川町)=共同

土砂崩れに巻き込まれ飛騨川に転落した観光バスと内部を捜索する自衛隊員(1968年8月20日、岐阜県白川町)=共同

飛騨川バス転落事故の慰霊碑「天心白菊の塔」(2日、岐阜県白川町)=共同

愛知県尾張旭市の教員、西川欣吾さん(55)は母の喜代美さん(当時31)を事故で失った。当時5歳の西川さんもツアーに参加する予定だったが、祖母宅へ遊びに行くと駄々をこね同行せず、難を逃れた。

西川さんはひつぎの中で安らかに眠る喜代美さんの姿をうっすらと覚えている。「お母さんは生きていると思った」と振り返る。

国は全国の道路を点検、危険箇所に防護柵などを設置する措置を取った。69年には落石などが起きていなくても、一定雨量に達すれば通行止めにする制度を導入、現場の国道に初適用した。

西川さんは「母が亡くなったのはつらい思い出だが、未然に事故を防ぐことができるようになったのは救いだ」と話す。

現場は大雨が降ると、まだ落石の危険がある。国土交通省は今年3月、約6.2キロの区間を避けるためバイパスを設置する計画を決め、約8千万円の予算措置を取った。

相次ぐ通行規制は生活に支障を来すとして、地元が要望していたもので、横家敏昭白川町長は「地域住民の生活、観光、物流面で大きな効果がある」と歓迎した。

岐阜県瑞穂市の田村稔さん(70)は機動隊員として現場で活動した。国道を通ると、必ず慰霊碑「天心白菊の塔」の前で手を合わせる。「遺体に取りすがる遺族の姿が忘れられない」。万全の対策を望んでいる。

飛騨川バス転落事故とは 岐阜県白川町の国道41号で1968年8月18日未明、愛知県から岐阜、長野両県にまたがる乗鞍岳へ向かっていた観光バス15台のうち、2台が集中豪雨による土砂崩れに巻き込まれ飛騨川に転落。名古屋市の家族連れら計104人が死亡した。遺族側が損害賠償を求めた訴訟で名古屋高裁は74年11月、「土砂崩れの発生は予測可能だった。道路の安全管理に不備があった」と一審判決より賠償額を増やして国に約4億円の支払いを命じる判決を下し、その後確定した。

〔共同〕

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