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夏の高校野球100回、関西8校「皆勤」 聖地を行進

甲子園球場で開催中の全国高校野球選手権は今年、第100回の節目を迎えた。歴史ある大会とともに伝統を紡いできたのが、100回連続で地方大会に出場してきた15校。兵庫県立神戸高(神戸市)もその一つだ。

5日の開会式では全国の地方大会皆勤15校の主将も入場行進した=共同

7月15日、ウインク球場(兵庫県姫路市)での東兵庫大会2回戦で神戸は甲南(同県芦屋市)に1-8の八回コールド負けを喫した。片岡太志主将は敗退を悔しがった一方、チームが100回連続で大会参加を果たした充実感も表情ににじませた。「一度も欠場せずに出てきたのは素晴らしい先輩方のおかげ。僕たちも後輩に引き継いでいかないと、と思ってやってきた」

神戸高の前身の神戸尋常中学校は1896年開校。この年の6月には早くも生徒が野球を始めたという。後に兵庫県立第一神戸中学校(神戸一中)に改称した同校が歓喜に浸ったのは、まだ甲子園がなかった1919年。鳴尾球場(現在の同県西宮市)での全国大会(当時は全国中等学校優勝野球大会)決勝で長野師範を下し、地元兵庫勢として初の全国制覇を果たした。

前年は米騒動で大会が中止。騒動の影響で沈んでいた神戸の街が活気を取り戻すきっかけとなる戴冠でもあった。今ではすっかり定番になった優勝校の場内行進だが、このときの神戸一中は「我々は見せ物ではない」と拒否したという。

第2次大戦の余波で大会は41年に再び中止に。神戸一中野球部は43年、解散に追い込まれた。「神戸一中・神戸高校野球部九十年史」によると、部員は再び野球ができる日を夢見て、硬球を箱に詰めて職員室の片隅にしまったという。大会の再開と野球部復活が実現したのは終戦翌年の46年。職員室から取り出した白球を手にした部員の喜びはいかばかりだっただろう。

神戸高は「旧制神戸二中が前身の兵庫高(神戸市)、旧制神戸三中の長田高(同)と切磋琢磨(せっさたくま)してきた」と神戸高野球部OB会副会長の御田博幸さん。神戸と長く定期戦を戦ってきた兵庫も100回連続で地方大会に参加。関西ではほかに同志社、山城、西京(以上京都市)、市岡(大阪市)、関西学院(兵庫県西宮市)、桐蔭(和歌山市)と計8校が全ての地方大会に出場してきた。

8月5日の全国選手権開会式では記念大会にちなみ、鳥取の鳥取西と米子東、島根の松江北と大社、愛知の時習館と旭丘、岐阜の岐阜を加えた全15の「皆勤校」の主将が入場行進した。初めて甲子園の土を踏んだ神戸の片岡主将は「100回続けてきた伝統を伝えていってほしい」。歴史を途絶えさせないできた誇りを胸に、後輩たちにバトンを託した。

(合六謙二)

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