2018年11月15日(木)

小泉首相の郵政解散(平成17年) 党を圧倒する首相主導
平成Politics30

コラム(経済・政治)
2018/8/16 2:00
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衆院を解散し、記者会見する小泉首相(2005年8月8日夜、首相官邸)

衆院を解散し、記者会見する小泉首相(2005年8月8日夜、首相官邸)

「俺はやった。ついに全部で候補をたてた」。2005年夏、当時の小泉純一郎首相は自民党執行部が「郵政解散で造反したところは、すべて候補が擁立できました」との報告を聞いて答えた。郵政民営化に反対した前議員の約40の選挙区に「刺客」と呼ばれた、民営化に賛成する対抗馬を立てる戦略だ。

首相に就任する前からの持論だった郵政民営化を進めるにあたり、小泉氏はほふく前進し、01年の政権発足から4年がたった05年の通常国会になってようやく法案を提出した。

7月、民営化法案を衆院で採決するにあたって、小泉氏は「反対は倒閣運動だ」と警告していた。法案への反対は内閣不信任決議案への賛成に等しい、との意味だった。法案が葬られれば直ちに衆院を解散し、反対者には対立候補をたてる戦略は、半ばオープンになっていた。衆院は僅差で通過したが、参院は予断を許さない展開となっていた。

民営化反対派の間では「小泉発言は脅し文句にすぎない」「参院で否決して衆院を解散するのは理屈に合わない」との見方が支配的だった。

小泉氏の盟友である山崎拓氏は否決直後、反対派の亀井静香氏と電話で話した。亀井氏が「参院での否決だから衆院の解散は禁じ手だ。廃案で終わりだ」と語ると、山崎氏は「小泉のことだから解散するよ」と答えた。山崎氏がこの話を伝えると、小泉氏は「関係ない。解散だ」と即答した。

反対派は小泉氏の決意を二重三重に見誤っていた。

解散する場合に備え、小泉氏は執行部を自らの意向が通る布陣にしていた。要となったのは選挙対策だ。幹事長は「偉大なるイエスマン」と自称した武部勤氏を配していた。従来の常識なら軽量ともいえる執行部だ。

小選挙区制になって執行部の力は強まっていたが、反対派は「武部幹事長なら怖くない」とみた。だが、執行部は究極的には党首一人で成り立つ。それが反対派には実感できていなかった。

万が一解散されても、対立候補をたてる準備は整っていないはずだ、との安心感も裏切られた。1つの選挙区で1人だけが当選する小選挙区は、政党候補が圧倒的に有利な仕組みになっている。一挙に40人近い候補を擁立され、反対派は窮地に追い込まれる。

亀井氏や綿貫民輔氏は急きょ、国民新党を立ち上げたが、準備不足の新党は守勢に回った。刺客と反対派の対決は「小泉劇場」とメディアの話題をさらう。国民新党の当選者は選挙区で2人、比例代表も2人にとどまった。小泉自民党は296議席の圧勝。民営化法案はその後、あっさりと成立した。

郵政解散の時、幹事長代理として小泉氏の手法を間近にみた安倍晋三首相は周辺に「首相の権限はうまく使えば十分に強い、と実感したきっかけは郵政解散だ」と話したことがある。「安倍1強」は衆院解散で求心力を高め、党を圧倒する官邸主導を特徴とする。源流には現在のシステムにおける党首の力をまざまざと示した郵政解散がある。

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