2018年9月21日(金)

奈良・下北山村の「ツチノコ共和国」30年(もっと関西)
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コラム(地域)
関西
2018/8/16 11:30
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 今年5月、奈良県下北山村で「ツチノコ探検30年記念シンポジウム」が開かれた。かつて全国から人が押し寄せ、幻の生き物を探し回ったという。今でも「ツチノコ共和国」なる“独立国”があるらしい。ツチノコに沸いた村はどうなっているのだろう。奈良市内から3時間以上。猛暑の中、現地へ向かった。

■村振興の夢の跡

ツチノコについて語るツチノコ共和国の議長、野崎和生さん(奈良県下北山村)

ツチノコについて語るツチノコ共和国の議長、野崎和生さん(奈良県下北山村)

 「王宮」は村役場近くにあった。迎えてくれたのはツチノコ共和国の議長、野崎和生さん(72)。王宮と呼ぶ自宅の離れで関連書籍やグッズを展示する。

 ツチノコは太く短い胴体を持つヘビに似た「未確認動物(UMA)」。ゲームやアニメに登場し、子供たちにもおなじみだ。なぜ下北山村でツチノコか。

 「何とか村の知名度を上げたいと思っていたところに、目撃証言が出た」(野崎さん)。都会がバブル景気に沸く1987年のことだ。関西電力に勤め、希望して戻った地元は過疎が進む。村議を務めていたこともあり、ツチノコをまちおこしに活用することを思いつく。

 ツチノコは「野槌(のづち)」「バチヘビ」などとも呼ばれ、古来書物にも登場する妖怪のような存在。70年代に釣り愛好家でエッセイストの山本素石らの探索活動で広く知られるようになった。

 野崎さんらは88年、「ツチノコ探検隊」を企画。マスコミに取り上げられ、全国から参加者が殺到した。村も100万円の懸賞金を設定。村役場の通称「ツチノコ係」だった南正文村長は「問い合わせも多く、大変な騒ぎだった」と語る。翌年にはツチノコ共和国を設立。まちおこしの一環として当時はやっていた「ミニ独立国」で、「国民」は2千人を数えた。

 ただ「探検隊」は5回ほどで終了。共和国行事としてホタル観察イベントなどを続けたが、次第にツチノコからは離れていった。1冊千円以上の制作費が掛かったパスポートの発行をやめたことも一因だという。

 実はこの頃、ツチノコで観光振興を図る地域が相次いだ。関西では兵庫県や京都府、和歌山県の町で懸賞金が掛けられ、各地で探索イベントが開かれた。今回「その後」を探ったが、多くは市町村合併などを経て引き継がれることはなかったようだ。

■仕掛け人の熱意 今に教訓

 京都経済短期大准教授でNPO法人「市民活動情報センター」代表理事の今瀬政司さん(51)はシンクタンク職員当時にツチノコ共和国の国民になった。「バブルの余韻でまちづくりやボランティアに勢いがあり、野崎さんのように地域を引っ張る『まぶしい』人が全国にいた」と回想する。

 だが30年前の仕掛け人たちは高齢になり、人口減の局面で活力を維持するのは困難に見える。今瀬さんは「頑張る地元の人、外から来た人を周りが支えられるか。そんな当たり前のことに地域の将来はかかっているのでは」と話した。

 共和国には近年、目立った活動はないものの、地域活性化に関心のある若者が時折、訪ねて来ることも。今年はシンポジウムや回顧展を開き、地域振興の先進地だった経験を学会で発表する予定もある。今に生きる教訓もあるはずだ。

 下北山村にも明るい話題がある。「下北山スポーツ公園」がキャンプ場予約サイトで予約件数西日本1位(17年)を獲得。南村長は「(人口減を)悲観はしていない」と言い切る。

 取材を終え、山深い集落を走っていると、道路前方に幾分太った若いマムシの死骸があった。外傷はなく、猛暑で熱中症になったのだろうか。

 「探されると身を隠すのか、ヘビすら出てこないので、『探索』はやめようということになった」。野崎さんの言葉を思い出し、不思議な感慨を覚えた。

(奈良支局長 岡田直子)

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