2019年3月20日(水)

フェンリルがこだわるアプリの美

2018/8/15 11:30
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NIKKEI BUSINESS DAILY 日経産業新聞

スマートフォン(スマホ)やウェブ向けのアプリ開発を手がけるスタートアップは数多いが、フェンリル(大阪市)はデザインの美しさに徹底的にこだわる点でひと味違う。牧野兼史最高経営責任者(CEO、42)のモットーは「1ピクセルも妥協しない」。強い思いが大手企業を引きつけ、500本を超える公式アプリを提供してきた原動力となっている。

牧野兼史CEO

牧野兼史CEO

「デザインと技術でユーザーにハピネスを」。フェンリルはこの企業理念のもと、ベネッセコーポレーションやJR西日本といった企業などとアプリの共同開発を進めてきた。情報を自動配信する「プッシュ通知」のような機能だけの開発や販売にも取り組む。

デザインへのこだわりは、隅々にまで行き届いている。名刺には高級感のある黒色に北欧の神話から着想を得た会社のロゴを印刷。デザイナー専用のオフィスは白が基調の開放感のあるスペースで、本棚などもすべて自社で作成を手掛けた。

牧野氏は慶応大学の理工学部出身。人間工学を専攻したが「研究職タイプではない」と考え、1998年に新卒で化粧品メーカーのノエビアに入社した。1日100件ほどの訪問営業の日々の後、2年目からは企画部で販売の促進キャンペーンなどを手掛けた。

入社3年目を迎えた頃、自身のキャリアについても考えるようになった。転職情報誌を開くとネット企業に勢いがあるように感じ、「自分もこの業界に関わりたい」とノエビアを退職。2001年にネット広告会社、バリュークリックジャパンに入った。ウェブサイトにバナー広告を掲載するための広告配信サーバー事業を考案するなど、実績を上げた。

潮流の変化は04年。同社はライブドアに買収され、新規事業の創出スピードが更に早まった。意思決定が遅い企業と組むよりも、ソフトウエア開発などを手掛ける個人と事業を進めた方が展開が早い。ネット業界で注目度が高い個人をリストアップし、一人ひとりと交渉を進めた。

その中で、牧野氏はネットブラウザーの「スレイプニール」を開発した柏木泰幸氏に出会った。国産ブラウザーでは圧倒的なダウンロード数を誇り、実力はトップクラス。柏木氏にほれ込んで「一緒に仕事をしよう」と持ちかけたが、「ライブドアの色がつく」との懸念で承諾を得られない。

画像や文字など細かなバランスにこだわりページを作成する

画像や文字など細かなバランスにこだわりページを作成する

「ならば一緒に起業をしよう」と牧野氏は決意し、05年6月にフェンリルを設立。開発や社内調整は柏木氏、営業や対外交渉は牧野氏との役割分担で、幅広い事業を手がけていった。

成長のきっかけは08年。日本で米アップルのiPhone(アイフォーン)の販売が始まった頃に、スマホ用アプリの受託開発に乗り出した。アップル同様、デザインにこだわって開発をしてきたフェンリルには追い風が吹いた。

アプリの共同開発では、企画段階からデザイナーが中心となって検討を重ねる。実際に社内で何度も試験を行い、イラストの表示位置などを調整。機能性はもちろん、見た目の美しさをトコトン追求した。

牧野氏の予想は的中し事業は急成長したが、その反動も大きかった。想像以上の受注で人繰りがつかず、社内の雰囲気や業務に不満をもった社員が続々と退社していったのだ。

部下をマネジメントした経験が浅かった牧野氏は「このままでは手遅れになる。自分の成長を待っているわけにはいかない」と危機感を覚え、社外から管理職となる人材を登用。アドバイスをもらいながら社内の制度を整えていった。

この経験を経て牧野氏が重視しているのが、デザイナーやエンジニアがこだわりをもってプロダクト作りに熱中できる環境作りだ。IT人材の不足に悩む企業が多いなか、給与を充実させるだけでは人は集まらない。最新のソフトウエアなどが販売された際は、社内にもいちはやく導入し、気持ちよく働ける環境を整えている。

フェンリルの長年の経験に高い評価が集まり、17年には米グーグル認定のモバイルアプリ開発機関として、日本で初めて承認を得た。

人工知能(AI)やあらゆるモノがネットにつながる「IoT」など、IT業界を取り巻く環境は大きく変わりつつある。問われるのは新技術を柔軟に取り込む感度の高さだ。牧野氏の徹底したデザインと心地よさへのこだわりが、ここでも生きてきそうだ。  (土橋美沙)

[日経産業新聞 2018年8月15日付]

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