怪ヒットのなぜ?「カメラを止めるな!」(日経MJ)

2018/8/12 6:30
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日経 MJ

ゾンビが登場するインディーズ映画「カメラを止めるな!」が異例のヒットとなっている。6月の公開当初は都内の映画館2館のみの上映だったが、SNS(交流サイト)上で口コミが広まり、9日時点では累計150館での上映が決まった。メガホンを握った上田慎一郎監督(34)に、今求められる面白い映画とは何か、聞いた。

笑いのツボ、ダウンタウンに学んだ

ゾンビのポーズをとる、上田慎一郎監督(東京都港区)

ゾンビのポーズをとる、上田慎一郎監督(東京都港区)

――作り物っぽくない役者の演技が観客をひき付けたと感じました。

「経験豊富ではない役者とほとんど30代の若いスタッフ、新人監督の僕で作りました。本当にこんなのできるのか、という困難な挑戦で。このメンバーで映画を撮ること、劇中で37分間のワンカット映像(一台のカメラで長回し)を撮ること、虚実ない交ぜになったものを作りたいと思っていました。撮影現場ではみんな余裕がなくて、もはや演技をしていませんでした(笑)。クライマックスのシーンでは、組み体操を頑張っているだけで、ドキュメンタリーっぽいというか」

「今回は無名の俳優、低予算だから、かえって良かったのかもしれません。同じ条件でもう一回面白いものを、と言われても。いろんな奇跡が起きてできた作品なので」

――監督のポリシーは「100年後に観ても面白い映画をつくる」ですね。監督の面白い映画とは何ですか。

「この作品では人がバタバタと走って転ぶシーンがたくさんあります。人が慌てる様子で笑いをとるのは、チャップリンの時代からあります。一時的にはやったギャグなど社会的な流行を取り入れるのではなく、普遍的な映画を作りたい」

――ヒットの要因をどうみていますか。

「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督(東京都港区)

「カメラを止めるな!」の上田慎一郎監督(東京都港区)

「内容がベールに包まれていて映画館で見ないと分からない。2回目に行くと違う味付けに見えます。無名な役者が多いから観客が(親近感を覚えて)撮影チーム(の一員)になりたいと思って何回も足を運ぶ、とかいろんな原因が複合的に絡みあっているかなと。すべて結果論ですが」

「撮影チームのみんな、フットワークが軽い。僕は映画監督にしてはSNSが得意なので、情報が出たらすぐ発信します。出演者は一日も欠かさずに誰かが舞台挨拶に立って、その様子をSNSで発信しています。こんな宣伝、インディーズ映画にしかできません」

――監督の面白さのツボはどこですか。

「お笑いが大好きなんで。お笑い芸人になろうと思っていたこともあります。特にダウンタウンが大好きで大きく影響を受けています。松本人志さんが革新的なことをやって、浜田雅功さんがツッコんで、みんなに分かりやすくしている。見たことがないものを、見たことがある味付けにして世の中に出すことは重要かなと」

「今の映画は大衆受けするものと玄人受けするものに二極化しています。この映画はベタな演出と予想を裏切る構成を共存させることで、革新性をうまく届けられているかなと」

――観客に伝えるときにはどう工夫しますか。

「中途半端にやってしまったときが一番ダサい。空振りしてもいいから、思いっきり振って滑った方が納得します。でも映画を作る上では、これだけ情報出せば、お客さんは分かるかなとか、これくらいの伏線を張れば、回収の時にカタルシスあるかな、っていうのは考えます。ディテールはすごい細かく作らないと、ただの勢いだけになってしまうので」

――もっと映画人口を増やすには、どうすればいいと思いますか。

「ツイッターでは、久しぶりに映画館に行ったという声は多いですね。映画館でしか味わえない体験とは何か、考えることでは大事かなと。配信やDVDがあって、わざわざ映画館に行かなくてもいいと思う人は多いでしょう。でも、この映画は映画館に拘束されていないと、最初の37分間で脱落してしまう人もいるかもしれません」

「他のお客さんと場を共有して大声で笑う経験は、一人で家で見てもできません。面白い映画を作るのではなく、面白い体験を作るというつもりでやると、変わってくるのかなと思います」

全国47都道府県で上映へ

上映する映画館は当初の2館から150館に拡大(C)ENBUゼミナール

上映する映画館は当初の2館から150館に拡大(C)ENBUゼミナール

映画「カメラを止めるな!」は評判がSNS(交流サイト)を通じて口コミで拡散して大ヒット。8月4~5日の週末には動員ランキングで10位に入り、全国47都道府県の上映が決まった。SNS発のヒット現象が映画界にも広がっている。

「劇場を出た時のあの気持ち良さは誰かに伝えたくなる。でも初めて見る人には絶対に事前情報を入れない方がいい」と29歳の男性は語る。

ネタバレ厳禁映画のストーリーだが、面白さを伝えたい。SNS上には、映画の内容そのものに言及した感想はあまりなく、「とても面白い」「めちゃ笑った」などのコメントがあふれる。それがかえって好奇心をくすぐる。「SNSで評判だったので気になって見に行った」(劇場から出てきた20代男性)

ぴあ編集部の中谷祐介氏は「この作品のヒットには、SNSでの口コミ拡散が大きな役割を果たした」と話す。その上で、「口コミで評判だった映画を見て面白かったという成功体験がこの1~2年、お客さんの中に積み重ねられていることが大きい」とみる。

作品にはゾンビが登場する(C)ENBUゼミナール

作品にはゾンビが登場する(C)ENBUゼミナール

2018年の興行収入トップの「名探偵コナン ゼロの執行人」でも、登場人物の「安室透」にはまったファンたちがSNSで盛り上がり、人気を加速させた。

一方、中谷氏は「今のお客さんは『アンチ・ステマ(ステルスマーケティング)』の意識が強い。企業がSNSで盛り上がりを演出してもうまくいかない」と指摘する。

もちろんSNSで盛り上がってもヒットするとは限らない。「映画というより演劇を見た感覚に近い。上映後に拍手が起こるのは、観客がそんな感覚になっているからだと思う」(鑑賞した20代男性)。ヒットには観客の映画への参加意識が欠かせない。

最近の映画はシリーズの続編やテレビドラマの映画化など、ある程度、事前に動員が見込める作品が目立つ。TOHOシネマズの担当者は「公開してから時間がたって、上映館数が増えるのは異例」と話す。

「カメラを止めるな!」の上映館での座席予約状況は、大作映画に引けを取らない。満席続出だ。ぴあの中谷氏は「息が長いヒットになりそうだ」と予測する。

(山田彩未、小林宏行)

[日経MJ2018年8月12日付]

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