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日本サッカー世界への挑戦

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日本サッカーの足跡から振り返るアジア大会
サッカージャーナリスト 大住良之

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2018/8/10 6:30
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第18回アジア競技大会がジャカルタを舞台に開幕する。開会式は8月18日だが、サッカー男子は森保一監督率いるU―21(21歳以下)日本代表が14日に、そして女子は高倉麻子監督が指揮するなでしこジャパンが16日に初戦を迎え、ともに金メダルを目指す。

3日、アジア大会のメンバーを発表する森保監督=共同

3日、アジア大会のメンバーを発表する森保監督=共同

「アジアの五輪」であるアジア大会は4年に一度、五輪の中間年、すなわちサッカーのワールドカップが行われる年に開催され、第18回を迎える今大会は五輪を大きく上回る40もの競技が開催される。

1951年にニューデリーを舞台に第1回大会が開催され、第2回以後は「ワールドカップ年」となった。アジアの多くの国で人気ナンバーワンのサッカーは第1回大会から全大会で実施されてきた。そして90年の第11回北京大会からは男子とともに女子も開催されている。

国際舞台に復帰後初の大会

日本のサッカーにとって、長い間、アジア大会は主要国際大会の一つだった。第1回大会は、第2次世界大戦後締め出されていた日本代表チームが国際舞台に復帰して初めての国際大会だった。

出場わずか6カ国、日本は1回戦をシードされ、2回戦に当たる準決勝から出場し、イランと0―0の引き分け。再試合を2―3で落としたが、3位決定戦ではアフガニスタンを2―0で下し、銅メダルを獲得した。

だが戦前の選手たちを中心に戦ったこの大会後、日本のサッカーはその歴史でも最も苦しい時期を過ごすことになる。62年の第4回ジャカルタ大会まで3大会連続の1次リーグ敗退。地元東京で開催された第3回大会(58年)には、「アジア最弱」といわれていたフィリピンに0―1で敗れる屈辱も味わった。

ようやく日本が「勝てる」ようになったのは64年の東京五輪を経た後。66年の第5回、70年の第6回と2回続いたバンコク(タイ)大会では、釜本邦茂氏の活躍などで連続して準決勝進出を果たした。3大会に出場した釜本氏は通算12得点を記録している。

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