装いは礼節の一歩 軽視して成功なし 鎌倉シャツ会長
メーカーズシャツ鎌倉 会長 貞末良雄氏(4)

「鎌倉シャツ」で知られるメーカーズシャツ鎌倉(神奈川県鎌倉市)が米国ニューヨークに構える直営店は、高級ブランド店が軒を連ねるマディソン街にある。アイビースタイルの本場に乗り込んでの挑戦だが、その評価は高い。メンズファッションの要諦を貞末良雄会長に聞いた。
《連載一覧》
(1)「幻のTPP」が生んだ純国産 鎌倉シャツ、狙うは海外
(2)大切なことは全部、VANで学んだ 鎌倉シャツ会長
(3)倒産しても「我が師匠」 鎌倉シャツ会長のVAN盛衰記
――メンズファッションにおける基本は何でしょうか?
「『ジャストサイズ』の一言に尽きます。どんな素晴らしい衣装でも、借り物では台無しです。特に日本のビジネスマンのスーツやジャケットを観察していると、8割の方々は上着の袖丈が親指が隠れてしまうほど長く、だらしない印象を与えています」
「ヴァンヂャケット(VAN)の創業者、石津謙介先生にこんな逸話があります。写真撮影の際、カメラマンから『ワイシャツのカフスが覗(のぞ)いている』と注意されたというのです。本当は先生が正しい着こなしです。欧州系のブランドものは、日本人にはどうしてもリーチ(腕の長さ)が長すぎますが、平気でいる人々が多いのでカメラマンは誤解していたのでしょう」
――自分のサイズくらい把握しておけと。
「流行は移り変わっても、サイズは絶対に陳腐化しませんからね。ときに、店頭でスーツを試着して鏡の前に立ったとき、上着の後ろを握られたことはありませんか(笑)。だぶだぶの背広でも余った部分をつまんで『ジャストですね』というのは、あまりよろしくない店の常とう手段です。信頼できる店舗や相談できるおしゃれな人を確保するのが基本です」

「ワイシャツについていえば、20歳代から綿100%のものを身に付ける習慣を付けたいですね。手入れも自分で行うくらいの気持ちを持っていただきたいです」
――着こなしでは、どのようなことを念頭に置けばいいのでしょうか。
「対人コミュニケーションにおいて、ノンバーバル(非言語)情報が言葉よりはるかに多くのことを伝えていることがあります。話す人の服装は最も重要な情報のひとつです」
■外国語の前に礼節を
「グローバルビジネスの現場では、1回の会議やプレゼンテーションで結論がほぼ出てしまうことも珍しくありません。服装を軽視して成功は望めないでしょう。外国語を習得する前に礼節を身につけてほしいものです。礼節の第一歩、それは他人に好印象を与えることです」
――日本のメンズファッションの黎明(れいめい)期から半世紀以上、業界に携わってきました。業界の現状をどのように見ていますか。
「インターネットの普及で、国内の若者もいち早く欧米の流行を知るようになりました。また、消費者がどんどんコストパフォーマンス(費用対効果)を意識するようになっています」

「アパレルは流行によるロスが大きく、構造的に高コスト体質です。ただコスト削減だけでしか対応できなくなった企業に夢はありません。原価率を下げれば商品の独自性は薄れ、バーゲンセールで売り切ろうとするとブランドと収益を損ないます」
――メーカーズシャツ鎌倉は原価率6割とし、セールは行っていません。業界の常識とは正反対のビジネスモデルに見えます。
「ファッションの先端情報を世界中から仕入れている今日の消費者に選んでもらうには、高品質の商品をできるだけ安く提供する必要があります。SPA(製造小売り)モデルがそれです」
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(2)大切なことは全部、VANで学んだ 鎌倉シャツ会長
(3)倒産しても「我が師匠」 鎌倉シャツ会長のVAN盛衰記
「中間流通業者を省いた工場直販なので、コストを抑えながら付加価値を高めることが可能です。売れ筋の商品をタイムリーに工場に伝え、増産することができます。余計な在庫を抱えるリスクも最小限にできます」
――高品質を維持していくため国内製造にこだわるわけですか。
「シャツには、曲線でできている人間の身体を包み込むような製造技術が必要です。ミシン目(縫い目)も直線ではない方が着心地が良くなります。機械では不可能な職人技を求めるとなると、VAN時代から付き合いのある11工場が中心になります。3D(3次元)技術も研究していますが最後は手作業が欠かせません」

――海外ではニューヨークでの市場開拓に重きを置いています。
「顧客層の主なターゲットは、国際的に活躍したいビジネスパーソンに置いています。ブランド戦略も認知度を上げることではなく、絶対的な信頼感を醸成することが目的です。EC(電子取引)拡大という目標もあります。こうしたことを考えると、本場ニューヨークの顧客に満足してもらうことが重要になります」
■情報に変換できない「情緒」の価値が高まる
――アパレル産業の将来をどう予想しますか。
「インターネットでやり取りする商取引はますます盛んになり日常品は間違いなくネット取引で完結されるでしょう。一方で発信者である送り手の思いを売ることが重要になる時代がやがてやってきます。人々の欲求が、ネットでは求めることのできない五感に触れるものに戻ってきます。我々は自らを情緒産業だと考えています。企業の独自で固有の技術、思い、信念など、情報として変換できないものの価値が高まるでしょう」
(聞き手は松本治人)
1940年山口県生まれ。64年千葉工業大学電気工学科卒。66年ヴァンヂャケット入社。統括部長として営業、販売促進、物流、商品企画を担当。78年同社倒産により退社。81年ヴィレジャージャパン設立に参画。92年シーン専務営業本部長。93年にメーカーズシャツ鎌倉を創業。現在国内26店、海外3店を運営。
=おわり
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(1)「幻のTPP」が生んだ純国産 鎌倉シャツ、狙うは海外
(2)大切なことは全部、VANで学んだ 鎌倉シャツ会長
(3)倒産しても「我が師匠」 鎌倉シャツ会長のVAN盛衰記
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