ユニクロが笑う
人が服に合わせるのではなく、服が人に合わせる――。全身タイツのような「採寸スーツ」を無料で100万枚以上配る前代未聞のアイデアを実行したスタートトゥデイ社長の前沢友作(42)。ユーザーやマスコミを敵に回すことも辞さなかった異色の経営者が表舞台に出始めた。だがそのアイデアを「おもちゃだ」と一笑に付す人物がいる。アパレルの巨人、ユニクロの柳井正(69)だ。

採寸スーツ、毎日2万枚発送
「なかなか体に合うジーンズがなかったので、こんなぴったりなものができるとは驚きです」。神奈川県でトレーニングジムを経営する吉岡素良(31)はこう語る。衣料品通販サイト「ゾゾタウン」を運営するスタートトゥデイが1月から販売を始めたプライベートブランド「ZOZO(ゾゾ)」のジーンズだ。
ジムのトレーナーとしても働く吉岡は、尻や太ももが発達していて、いつも洋服選びには困っていたという。そんな体形をトレースする道具が採寸服「ゾゾスーツ」だ。
「ゾゾスーツ」には黒地に無数の白いドットがあしらわれている。これを着用した様子をスマートフォンで360度撮影してアプリに登録すれば、ドットの分布の形状から、着用した人の胸囲やウエスト、ヒップ、袖丈、股下などのサイズがわかる。
スタートトゥデイは7月末時点でゾゾスーツ112万枚を配布済みで、現在も毎日2万枚のペースで発送している。7月31日の決算記者会見で、社長の前沢は、「これまでゾゾの会員でなかった人も含め新規顧客の開拓が期待できる」と話した。一方、外資系証券アナリストは「無料配布が広がれば、やじ馬的なユーザーも増え購買率は低下する可能性がある」とも指摘する。
だが前沢は意に介さない。単なる衣料品通販サイトから世界的なアパレルブランドに脱皮しようとしているからだ。それが「ゾゾスーツ」を使って広めようとしているプライベートブランド「ZOZO」だ。前沢は4月末の記者会見で、「グローバルアパレルのトップ10に入る。1位はLVMH、2位はナイキ、ユニクロは9位です」と話した。

「思ったよりしっかりしている」
カジュアル衣料大手ストライプインターナショナル(岡山市)の石川康晴(47)は、前沢とはライバルでありながら交友関係がある。今年1月末、東京・西麻布の高級割烹(かっぽう)にあらわれた前沢は、真冬なのにTシャツとジーンズ姿。その日の決算説明会で着用していたプライベートブランドの服のまま駆けつけたのだった。
洋服にはうるさい石川だが、前沢の服を触ってみて「思ったよりしっかりしている」と感じた。価格や戦略を聞く限りパンツやカットソーに強みを持つユニクロを意識しているとの印象をもった。
「ゾゾタウン」は他のブランドの衣料品も扱うため、有力な出店者であるユナイテッドアローズやビームスが手がけていない隙間を狙う配慮も感じ取れた。それでも、前沢の紅潮した表情からは、ゾゾが世界的ブランドに脱皮しようとする気概と緊張感が感じられた。
石川が驚いたのが7月3日の発表だ。前沢はゾゾスーツを使った紳士服を発売すると発表したのだ。青山商事やAOKIホールディングスなど紳士服大手の株価は軒並み急落した。

同じ1月末の食事会で、石川は前沢に「顧客データを生かすにはビジネススーツをやった方がいい」とアドバイスしたという。Tシャツやデニムは体が細くてもダボッと着たい人がいる。すべての人がゾゾスーツの強みであるぴったり感を好むわけではないのだ。その点でスーツはどんな人でもジャストサイズで着る傾向がある。石川の説明を、前沢は真剣な顔で聞いていたという。
初代ゾゾスーツの失敗
ライバルでありながら思わず助言をしたくなってしまう。前沢の「人たらし」ぶりはほかの関係者も指摘する。13年ほど付き合いがある不動産会社シーラホールディングス会長の杉本宏之(41)は、「一緒にいて本当に楽しい人です」と話す。
ある日、異色の出版社として知られる幻冬舎社長の見城徹(67)の記事に感銘を受けた前沢が、「見城さんと3人で食事の場を設けてほしい」と頼み込んできた。前沢は事前に見城のSNS(交流サイト)をチェックして行きつけの店を調べ、その店に見城の好きな酒の銘柄を聞いたうえで、会食当日その白ワインを見城の前に並べたという。今では定期的に食事をする仲になった。
純朴で子供っぽいところが前沢の魅力だと杉本は語る。あるとき食事の約束をしていた店の前に前沢の乗るドイツの高級車、マイバッハが止まった。だがなかなか降りてこないので、「友作、早く降りろよ」といってドアを開けると、運転手を待たせたまま後部座席で涙を流していた。「ミスチルの新曲が良すぎて涙が止まらなくなっちゃった。落ち着いたら車降りるから先に店入っていて」
スタートトゥデイグループの幹部は「実は前沢の自宅にピカソの絵があります。自宅に行った時に、ピカソの絵を指でなぞって、『ピカソターッチ』ってふざけていた」と話す。「やんちゃで子供っぽいところがある」(同幹部)

今回のゾゾスーツは実は2代目で、初代は失敗に終わっている。昨年11月に発表した初代ゾゾスーツは、ニュージーランド企業のセンサー技術を使っていた。全体に仕込んだ伸縮センサーの伸び具合で計測し、着るだけで採寸するとの触れ込みだったが、量産のメドが立たず生産中止となった。
孫氏と風呂「いま返事しろ」
製造設備の一部や部材を減損処理し、特別損失約43億円を18年3月期に計上することになる。社内が暗鬱とする中、昨年11月末、事後処理のためニュージーランドに飛ぶ前沢から社員にメッセージが送られた。
「ローンチ(サービス開始)日を延期せざるをえなくなった。必死に作業してもらったのに、本当に申し訳ない。自ら現場で確認と調整をし、同じことが二度と起きないようにする。重ねて、本当にすまない」。前沢の正直なメッセージは辛酸をなめた社員の心に響いたという。
ゾゾスーツを無料で配る方法は、ソフトバンクグループの孫正義がかつてとった手法に酷似しているといわれる。2001年、ソフトバンクがADSLサービス「ヤフーBB」を始めた際、家に置くモデムを無料で配布した。無料配布でまず利用者を増やし、その後の加入者として取り込む方法だ。
前沢が「尊敬する」と話す孫とは2010年に初めて会っている。その後両者は意気投合した。
関係者によると、孫は前沢を初対面の時から気に入り、ソフトバンク本社にある来賓用の風呂に招き、一緒に入った。裸の付き合いの中で持ち上がったのがソフトバンクが出資するアリババ集団と、スタートトゥデイが合弁で中国版「ゾゾタウン」を立ち上げるプロジェクトだ。
「俺はソフトバンクの社長で、君はゾゾの社長なんだから、今返事しろ」。急な提案に、前沢は一度持ち帰って検討しようとしたが、孫はその風呂の中で前沢に提携を決めさせたという。中国事業はその後撤退に追い込まれたが、付き合いは続いている。
100万円以下のワインは
前沢はまだ40代に入ったばかり。伸び盛りの数年前までは、「人たらし」が行き過ぎることもあった。
2012年の9月頃のこと。前沢は東京・表参道の高級レストランで、株主だった大手企業にまねかれ、幹部ら3人と食事をしていた。この幹部は、スタートトゥデイがまだ規模が小さい頃から目をかけてくれて、出資を働きかけたり、有名ブランドが出店するように口をきいてくれた「恩人」だ。
「次は何を飲みましょうか」。ホスト側が提案すると、前沢はこう話したという。
「僕は最近、100万円以下のワインは飲まないんですよね。こちらの店にはないようなので、店を変えてみませんか」
ホスト役である幹部はその場で激高こそしなかったものの、次の店には行かず、そのまま解散になった。それ以降、このメンバーでの会食は開かれずじまいになっているという。
ツイッターで、商品の送料がかかることを「詐欺」だとつぶやいた利用者に、ただで商品が届くと思うな、と返信をし、問題になったのも同じ年の出来事だ。この頃から前沢は言動に慎重になりはじめた、と近しい人物は話す。

柳井氏「おもちゃですよ」
その前沢が、最も苦手とする人物が、ファーストリテイリングの柳井だといわれている。柳井は、昨年12月と今年7月の日本経済新聞のインタビューでゾゾスーツをこう評した。
「おもちゃですよ。あんなのを買っていちいち測るのは面倒くさい。店舗で店員に測ってもらった方が早い」。顧客のデータを取るのはいいが「実際に作った商品が身体に合うかどうかは人によって違う」とも話す。
7月にゾゾがビジネススーツを発表した直後にも「ゾゾスーツはちょっと漫画だと思う」と笑った。前沢については「彼はショーマンですから。そういうショーをやったのではと思います」と辛辣だ。
たしかに、ユーザーからこんな声もある。7月30日にデニムのパンツを注文し、2日後に届いたという会社員の谷川悠香(23)。「想像以上にサイズがぴったりだったのは嬉しい。ただ色のつき具合やつなぎ目の位置のせいで脚が太く見えがち。デザインは残念だった」と話す。店頭でなら店員がアドバイスしてくれたかもしれないが、採寸スーツではそうはいかない。
2007年に上場したスタートトゥデイの株式時価総額は約1兆2700億円(3日終値)。三越伊勢丹グループの2倍以上だがこれは将来性への期待値ともいえる。時価総額では5兆円を超えるファーストリテイリングの連結売上高は1兆8619億円(2017年8月期)。そのおよそ20分の1の984億円(18年3月期)にとどまるスタートトゥデイはひよっこに見える。
歯に衣を着せない柳井だが、若い前沢に伝えようとする本質は、もう一つの発言にありそうだ。「スタートトゥデイには生産背景がない」(柳井)という言葉だ。
=敬称略、つづく
(鈴木慶太)
[日経電子版2018年8月6日掲載]

全身タイツのような「採寸スーツ」を無料で100万枚以上ばらまく、前代未聞の勝負に出たアパレル業界の革命児、スタートトゥデイ社長の前沢友作。衣料品通販サイトの枠を超え、世界で認められるブランドへの脱皮をめざす。だがそこに立ちはだかる壁は高い。
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