幻の作家・尾崎翠 魅力新た 甘酸っぱい青春 オペラに(もっと関西)
カルチャー

2018/8/3 11:30
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大正から昭和初期にかけ先駆的な小説を残した尾崎翠。唯一の戯曲「アップルパイの午後」を関西の声楽家らがオペラ化し、9月に上演する。一時期、忘れられていた存在で「幻の作家」とも称されるが、近年は再評価が進む作家。音楽に乗せることで、新たな魅力の発見につながりそうだ。

「アップルパイの午後」音楽練習に臨む(右から)熊谷綾乃、黒田まさき、チョン・キヒョン(7月、大阪市)

「アップルパイの午後」音楽練習に臨む(右から)熊谷綾乃、黒田まさき、チョン・キヒョン(7月、大阪市)

妹が兄を「唐辛子のはいったソオダ水」とからかえば、兄は妹を「牛蒡(ごぼう)の茎だってお前の足より柔(やわら)かい」とちゃかす――。若い女性と兄の同居生活の一場面。「アップルパイの午後」は、1929年の発表とは思えないほどのユーモアと独特の比喩にあふれる。

勉学のため上京した妹は髪を短く切り、文芸誌に文章を投稿する利発で先進的な女性。一方の兄はそれを快く思わず、家父長制的な価値観を押しつけようとする。兄と妹の軽妙な罵り合いが続くが、兄の友人・松村が訪ねて来ると状況が一変。彼は妹の恋の相手で、兄にとっては恋人からのプロポーズの返事を持った使者なのだ。青春ならではの甘酸っぱさも、作品を色あせないものにしている。

■掛け合い軽妙に

オペラ化は関西二期会のバリトン・黒田まさきが発案した。きっかけは偶然手にした雑誌でこの作品に関するコラムを読んだこと。まず題名の美しさに引かれた。作品を手に取ると軽妙な掛け合いと、現代にも通じるリアルな若者の姿に引き込まれた。「配役が頭に浮かび、音楽を付けてオペラにしたら面白いと自然に考えていた」。妹役として思い浮かんだ声楽家仲間のソプラノ、熊谷綾乃に声をかけた。遺族の承諾を得て、2人で兄と妹を演じる前提でオペラの台本を共作した。

熊谷は昨年、同会制作のオペラ「魔弾の射手」でエンヒェン役を演じるなど「素朴で明るく、ちょっと変わった女性の役柄が得意」と自任する。今回の妹役も「性格が似ていて、演じるのは私しかいないと感じた」。自身が持つ響きの細い声が生かせる日本語オペラに以前から挑戦したいとも考えていたという。

■様々な音楽盛る

舞台に立つ声楽家が自らオペラの台本作りに当たるのは珍しい。歌いやすく文章を削る一方、尾崎の豊かな言葉遣いを残すことに心を砕いた。黒田は鳥取県内の尾崎翠資料館や彼女の墓も訪問。「親族への手紙などを見ると、温かい気持ちの持ち主だとわかる。『アップルパイの午後』にも彼女自身が投影されている」と感じたという。オペラ化は尾崎の人物像に迫る試みでもある。

作曲は愛知と大阪に拠点を置き、オペレッタやミュージカルで実績を残すなかむらたかしに依頼。「ストーリーは単純なのに、作品を彩る尾崎の言葉が独特で、どう音楽にするか悩んだ」となかむらは振り返る。一度は完成させたものの「言葉のエネルギーに音楽が負けている」と納得がいかず、ほぼ半分を書き直すほど苦心した。

登場人物のやり取りが目まぐるしく展開する尾崎の作風に応えるべく、完成した曲にはロックやブルース、モーツァルトの作品など様々な音楽の要素が次々に現れる。なかむらは「パロディーを心がけた。へんてこだけど聴きやすい」と自信をみせる。兄と妹の口げんかを歌う二重唱も聴きどころだ。

上演は9月5日、大阪府の豊中市立文化芸術センターで昼夜2回。数多くのオペラを手掛ける中村敬一が演出し、約40分の作品に仕上げる。友人・松村役はテノールのチョン・キヒョン。管弦楽は用いず、須山由梨がピアノを弾く。オペラに先立ち関西テレビの村西利恵アナウンサーが原作を朗読し、より深く作品を理解してもらう。

(大阪・文化担当 西原幹喜)

尾崎翠(おさき・みどり) 1896年、鳥取県生まれ。日本女子大学在学中の1920年、「無風帯から」が文芸誌に掲載され文壇に登場した。同じ号には芥川龍之介や志賀直哉らも作品を寄せていた。31年に詩人志望の少女とその兄らとの共同生活を描いた代表作「第七官界彷徨(ほうこう)」を発表。精力的に活動していたが、幻覚症状に悩まされ32年に兄に連れられ帰郷。以降は細々とした活動にとどまり、71年に死去した。「アップルパイの午後」は、29年に残した唯一の戯曲だ。
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