名門「灘」校長らが語る 子の学ぶ力育てる3つの動機

子どもの好奇心はどうしたら伸ばせるのか。受験の名門「灘」(灘中学校・高等学校)の和田孫博校長らが、保護者向けに開催された特別講演会で「学ぶ力になる大きな動機」について語った。
わが子はICTを駆使できるグローバリストになれる?
子どもがもっと知りたいと自ら思えるようにするにはどうしたらいいのか。子どもの好奇心はどうしたら伸ばせるのか。日々、試行錯誤しているご家庭は多いかと思います。
小学校1年生から3年生までの子どもを対象に、ゲームや実験を通して科学や数理への興味を抱くきっかけ作りの場を提供するイベント「ダヴィンチ☆マスターズ」。保護者向けの特別講演会「子どもの好奇心の伸ばし方」に、灘中学校・高等学校の和田孫博校長、LLP ASOBIDEAの山田力志代表、SAPIX YOZEMI GROUPの高宮敏郎共同代表が登壇しました。
和田校長は「今の子どもたちが世の中に出て活躍する20年後、30年後の日本は、少子高齢化は避けて通れず、社会構造も今までとは違ってくるのが大前提です」と指摘します。
今の親世代には、子どものころからライバルが多く、競い合って勝ち上がっていくのが当然という中で育った人も少なくないかもしれません。一方で、「ライバルに勝つ」という考え方だけでは、今後は立ちゆかない可能性があることも、感じているのではないでしょうか。
和田校長は「人口が減っても持続可能な社会にするためには、助け合いが必要です。これまでは国内で生産・販売が成り立っていましたが、販売に対する需要はどんどん減っていきます。すると今以上に、市場を海外に求めていかなければならなくなるでしょう」と言います。
また労働人口の減少を、外国人労働者によって補完することも考えられます。国内にいても、英語力を含めた「グローバルな力が求められるようになる」(和田校長)というわけです。
20年、30年後は情報技術の進歩により、日本だけでなく世界中で今存在する仕事の半分以上をコンピューターが担うようになる、2045年には人工知能(AI)が人間の頭脳を超える時代、シンギュラリティ=技術的特異点に到達してしまうのではないかともいわれていますが、だからといって「AIに仕事を奪われる!」とおびえる必要はなく、「ITを使いこなせる人材が求められるようになると考えればいい」と和田校長。
つまりこれから求められる人材は、「ICT(情報通信技術)を駆使できるグローバリスト」(和田校長)だというわけです。
そう聞くとITの能力を高めるためにプログラミング教室に入れて、英語を習わせて留学させて……などと焦ってしまいそうですが、和田校長は「今の子どもたちはITネーティブで、生まれてきたときから、周りにコンピューターもスマートフォンもありますよね。人間を超える能力を持つコンピューターも、子どもたちは必ず駆使できるようになり、その恩恵を人間に戻してくれるのではないでしょうか」と言います。

「グローバル」=「海外」「英語力」ではない
グローバル化についても、何も英語ができればいいというわけではなく、自分が知らない世界で活躍できる力こそが本当の意味のグローバル力だといいます。「まずは自分たちのことをしっかり理解したうえで、他国について理解できる能力」を身に付けることを和田校長は推奨します。
また必ずしも「グローバル」は「海外」という意味だけを示すのではないとし、「自分が持つバックグラウンドとは全く違う環境に置かれても働けるというのも、ある意味でグローバルな力になると思うんですね。多様な人と協働できること。これが大事なのではないでしょうか」(和田校長)
例えば海外で活躍する人との交流も大切ですが、障害者との交流、年齢が違う人との交流も、グローバルな力を身に付けるためには必要だというわけです。
学ぶうえでの競争動機、理解動機、感染動機とは
こうした能力を身に付けていくうえでは、ただ親や教育現場が環境を用意すればいいというわけではありません。大切なのは、子ども自身の「学ぼうとする力」。SAPIX YOZEMI GROUPの高宮敏郎共同代表は、宮台真司氏の著書『14歳からの社会学』にある「学ぼうとする3つの理由」について言及しました。
「人が何かを学ぼうとするときには、競争動機、理解動機、感染動機があるといいます。競争動機というのは競争で勝ったらうれしいねということですし、理解動機というのは、分かったときの喜びです。もう一つ、もしかしたらなじみがないかもしれませんが、感染動機は憧れです。こういう人になりたいなどといったことがモチベーションになるということです」(高宮代表)
和田校長はこの3つの動機について、競争動機は切磋琢磨するためには悪いものではないとしつつ、灘校の生徒たちの場合、学ぼうとする力に大きな影響を与えているのは理解動機だと説明。「例えば図形の問題が解けなかったとします。すると2、3日気になったままで、ある日、お風呂に入ってタイルか何かを見たときに、『 あ、そうか!』と理解するようなことがあるわけです。するともう、体の中の神経が震えるような喜びが、本人は得られるわけです。この喜びこそが次の問題に挑戦しようという意欲につながりますし、灘校の生徒の学ぶ力において、大きな動機になっているかと思います」と話しました。
また感染動機を考える場合、親としては良い影響を与えたいと考えて、様々な偉人の物語に触れさせたくなってしまうが、「宇宙飛行士を見てあんなふうになりたいと思うのも感染動機の一つとして良いのですが、もっと身近にいるお父さんやお母さんを見て、僕も、ああいうふうになりたいなとか、学校の先生を見てあんなふうになりたいなといった、身近な人物に影響を受けることでもいいんです」(和田校長)と指摘。
最終的には3つの動機が複雑に重なり合って、頑張っていこうという気持ちにつなげていってほしいと話しました。

嫌がることを無理やりさせても、ダメ
灘中、灘高校の出身のパズルデザイナーでLLP ASOBIDEAの代表を務める山田力志氏は、京都大学に進学し、京都大学院で博士号を取得したという経歴の持ち主。一方で山田氏はパズル好きが高じてパズルデザイナーになったという、好奇心が強いからこその遊びの追求から、現在の姿があると感じさせてくれます。
「パズルは遊びの中でも算数につながっていると考える方は多いと思いますが、実はもっと、様々な学びにつながっていると私は思っているんです。ただそれは、突き詰め方にもよると思います。結局、どの遊びも突き詰めていくことで、いろんな学びにつながっていくのではないでしょうか」(山田氏)。「遊び」は楽しいものですし、楽しいからこそ「もっと」と追求できる。遊びを学びにつなげることは、つまりワクワクする感覚を持ったまま何かを追求しやすくなるということでもあるでしょう。それはつまり好奇心を高めることになります。
和田校長は「好奇心そのものもそうですし、まずは個性を大事にすることを大切にしていただければ」と言います。
子どもの好奇心を高めようと考えて、あちこち連れ回したり、推薦図書をやたらと与えたり、実験キットを与えたりしても、本人が興味を持たなければ、一瞬は興味を持っても追求する気持ちは育たないでしょう。「嫌がることを無理やりさせても、ダメなんですね。したいことを伸ばしていく。そこからいろんな学問にもつながっていくわけです。本人のしたいこと、あるいは、個性をうまく伸ばしていくことで、勉強にもつながっていくんじゃないかなと思います」(和田校長)
また山田氏は「僕自身はコンピューターを駆使していますが、パズルなど好きなものがあったからこそ、使えるようになった面があります。ですから好きなものがあればぜひ伸ばしていただきたい。好きなものの歴史を学べば、そこからまた関心も広がりますし、将棋なら理系脳だけでなく漢字を学べる面もあります。広げ方は子どもによって千差万別です」と子どもの「好き」を伸ばしてほしいと言います。
親には「好きなもので遊んでばかり」に見えることも、探究心を育てるのには必要な時間。無理強いせずに、子どもの好奇心を高めていけるように、個性を見極めることが大切なようです。

(構成・文 山田真弓=日経DUAL編集部、取材協力 ダヴィンチ☆マスターズ、人物撮影 高木秀明)
※2018年4月22日に開催された「ダヴィンチ☆マスターズ」の特別講演会「子どもの好奇心の伸ばし方」を基に構成。
[日経DUAL 2018年6月18日付記事を再構成]
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