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リクエスト制度元年に思う「審判の権威」

野球の打率はよくて3割そこそこだが、この数字は打撃の世界に限ったものではないようだ。日本野球機構によると、今季始まったリクエスト制度で、リプレー検証の末に審判の判定が覆ったケースは前半戦で約35%。ここでも成功率がおおよそ3割というのは面白い。

リクエスト制度がなかったころは、明らかに判定が誤っていると思っても、異を唱えたところで覆るはずもなく、最後は受け入れるしかなかった。審判の判定は絶対というのがスポーツ界の常識だが、その視力まで絶対的というわけではない。例えば、送球の到達より早くベースに触れたかどうかの判断に、走者は結構自信を持っている。「アウトだ」「いや、セーフです」という押し問答の末、最後は決まって審判の見解が優先されるのでは、もやもやが残る。そこで事実をありのままに映すビデオに裁定を委ねるのは悪いことではない。

リプレー検証、その試合後に誤審認める

ビデオ判定の先達に大相撲がある。行司の軍配に物言いがつくと、5人の勝負審判が土俵に上がって協議するが、その際、審判長が別室の担当者を通じ、ビデオ映像を参考に最終的に勝ち負けを判定しているという。2014年に導入した米大リーグにならって日本でも始まったリクエスト制度は、早々に大きな問題にぶち当たった。

問題となったオリックス―ソフトバンク戦で、中村晃の右翼ポール際への打球の判定を巡り集まる審判団。この後リクエストで2ランの判定となったが、試合後に誤審を認めた=共同

6月22日のオリックス―ソフトバンク戦で、3-3の延長十回2死一塁からソフトバンクの中村晃が右翼ポール際に放った一打を巡ってひと悶着(もんちゃく)起きた。「ファウル」の判定にソフトバンク・工藤公康監督がリクエストし、リプレー検証の末に「本塁打」に。試合を決める勝ち越し2ランになったが、試合後に審判団が再度映像を見たところ、打球はポールの内側を通過していなかったと、誤審を認めたのだ。

試合中の検証では映像の再生方法に不備があり、本塁打に見えたということなのだが、判定以前に操作を誤ったとなると目も当てられない。ただ、本当の過ちは再び映像を見たことだ。再生方法が間違っていたのはオリックスには気の毒だが、試合での検証結果は最終的な結論。それを再び検証する必要はないわけで、様々な点でこの日の審判団には不手際があった。

大リーグはすべての球場の映像を見られるオペレーションセンターがあり、センターの担当者が映像を確認して審判に結果を伝えているという。大相撲も別室の担当者が映像を見て、審判長に結果を伝達する。これに対して、日本のプロ野球では判定を下した審判自身が映像を確認している。試合の進行を遅らせないよう気がせくなかで映像を見るとなれば、再生方法の間違いが起きてもやむを得ない気がする。ここも大リーグにならい、第三者が映像を検証する仕組みをつくってはどうか。そうなれば本当にフェアな判定になるはずだ。

判定を巡る思い出はいろいろある。中日時代の1984年、通算1000安打を内野安打でマークしたのだが、実は私のベース到達より送球の方が早く、タイミングはアウト。「アウトなのに1000安打か」と、せっかくの節目の記録も素直に喜べなかったことを覚えている。

別の試合では、打席で投球を見送ると、球審が「ストライク」とコールした直後に「悪い!」と謝ったことがあった。ボール球だったのだ。私が「今のはないですよ。1個貸しときますよ」と言うと、今度はストライクくさい球を「ボール」と判定してくれた。このような「貸し借り」はたまにあった。

3分の1が誤り…審判に緊張感はあるか

もちろん、こうした誤った判定などないに越したことはない。「誤審も野球のうち」といえばそれまでだが、選手からすれば1本の安打を凡打にされれば生活に関わる。その点で今季、各チームの監督がリプレー検証を求めた判定のうち、およそ3分の1が誤りであるという事実は重い。

人間の目で判断するのだから誤りを一掃することはできないだろうが、限りなくゼロに近づけるための方策として判定実績の統計を取ることを提案したい。審判ごとにリクエストされた回数や、リプレー検証で判定が覆った回数を数えるのだ。「何とドラスチックな」と思う方もいるだろうが、選手は打率や防御率などあらゆる成績が白日の下にさらされ、序列化される。そこで長く下層に位置すれば、やがて戦力外となる。そんな厳しい世界でやっている選手の判定に緊張感をもたらす意味で、審判の成績も可視化してみては、と考えるのだ。

6月22日の一戦で、リクエストするソフトバンクの工藤監督(中央)。前半戦を終え、約35%で審判の判定が覆っている=共同

12球団の選手の評価も加味して、ベストナインのように審判の表彰制度を設けるのもいいだろう。優秀なレフェリーに「ベストホイッスル賞」を贈るラグビー・トップリーグのように「最優秀審判」も選定する。表彰された審判たちには評価に見合う給料を出す。そうすることで、本当の意味での「審判の権威」というものが出てくると思う。表彰者だけで日本シリーズの審判団を編成すれば、まさに日本で最高の試合になるはずだ。

98年、テレビの仕事でサッカー・ワールドカップ(W杯)フランス大会を現地で見る機会があった。試合前、選手が念入りにストレッチやウオーミングアップをしていたので写真を撮ったところ、彼らは選手ではなく審判だった。選手と同じく90分間走り通しだから、入念な準備が要るのもうなずける。

多くの競技の選手と同じく、サッカーの審判も走れなくなったらその仕事から退かねばならない。その点、野球の審判は長い距離を走るわけではないから、はるかに現役としての寿命は長いだろう。だからこそ、高い判断力を備えてほしいと心から思う。昔は試合中に酒の臭いをさせている審判がいて、そういう人に限ってストライク、ボールの見極めができていなかった。今はさすがに飲んで仕事をする審判はいないが、判定基準があいまいだなと感じる人はいる。

リクエスト制度の導入でたびたび判定が覆り、肩身が狭い思いをしている審判もいるかもしれない。だが、ここは逆転の発想を求めよう。リプレー検証を経ても覆らない正確な判定を下し続け、監督たちのリクエスト成功率を2割、1割と下げていく。検証の仕組みを利用して自分たちの実績を上げていけば、表彰制度などつくらなくても自然と権威は上がるはずだ。

(野球評論家 田尾安志)

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