岸田氏、名門の重圧 揺れた末の総裁選不出馬
自民党の岸田文雄政調会長が24日、党総裁選に出馬せず安倍晋三首相を支持する意向を示した。本音は首相からの「禅譲」路線とみられるが、かつて自民党内で総裁選で戦うことなく派閥を超えた禅譲が実現した例はない。決断が揺れた背景には、岸田派の源流である名門派閥「宏池会」がたどった歴史へのトラウマがある。今後の試金石は総裁選後の人事だ。

岸田氏は23日に首相と会い、互いの政治姿勢について意見交換した。記者会見で岸田氏は「首相と私は政治理念、政策についても異なる部分はある」としつつ、首相とは「私自身がめざす政治について話し、首相も丁寧に耳を傾けてくれた」と述べた。24日午後に電話で不出馬の意向を伝え、総裁選で首相を支持する考えも示したという。
一時は出馬にかたむいた岸田氏。だが、ギリギリまで判断は揺らいだ。周囲には「今回は出馬してもしなくても沈むことは覚悟しなくてはならない」と語り、こう付け加えた。「同じ厳しい状況になるなら、次につながるのはどちらかを考えなければならない」
そして最終的に「次」につながる道と判断したのが不出馬だ。
岸田氏ら派閥幹部の脳裏にあるのは、派閥の先輩にあたる加藤紘一氏による「加藤の乱」だ。加藤氏らは2000年11月に森内閣打倒を目指し、野党の内閣不信任案に同調する動きをみせたが党内の巻き返しに遭って失敗。その後、当時の加藤派は不遇をかこった。
「俺が出馬したとして、みんなは干されても本当にいいのか」。岸田氏は派内の会合で、出馬を促す若手議員を諭した。岸田氏が首相の対抗馬として出馬すれば「安倍1強」のもとで派閥ごと冷遇される恐れがある。
世論調査では石破茂元幹事長の後じんを拝している。岸田氏周辺では、石破氏の得票を下回れば「派内から世代交代を求める声が上がりかねない」と警戒する声も出ていた。
勝負に背を向けてまで期待した禅譲路線。その成否を占う最初の試金石は、首相が3選を果たしたとしてその後に実施する閣僚・党役員人事だ。
岸田氏が今回、首相を支持する代わりに何らかのポストを確約されたかは定かではない。現在、首相を除く19人の閣僚のうち岸田派は最大の4人。首相を支持したにもかかわらず人事で優遇されなければ派内での求心力は弱まる。
派閥の歴史は「不戦勝」が簡単ではないことも示している。宏池会を立ち上げた池田勇人元首相は前尾繁三郎氏に派閥を引き継いだが、前尾氏は1970年の総裁選で出馬をとりやめ当時の佐藤栄作首相の4選を支持した。だが、佐藤氏は内閣改造を見送った。前尾氏は派閥内の求心力を急速に失い、総理の座が回ってくることはなかった。
首相が3選を果たせば任期は2021年9月まで続く。すでに党内では河野太郎外相や小泉進次郎筆頭副幹事長ら次の世代の有力政治家が控え、3年後には取って代わられる可能性もある。
岸田氏は記者会見で、将来の総裁選に出る考えを問われ「気の早い話。一つ一つ目の前の政治課題に取り組むことが大事だ。その積み重ねが未来につながる」と語った。