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W杯ロシア大会が日本サッカーに残したもの

クルトワのように優秀なGKを持つことの重要性はベルギー戦で骨身に染みた=三村幸作撮影

時の流れはせわしない。ついこの間、日本中を熱狂させたサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会がもう遠い昔の出来事のように思える。そんな流れにあらがうわけではないが、もう一度ここで、ロシア大会が日本サッカーに残した意味について私なりに考えてみた。

大会前はネガティブな話ばかりだった今回の日本代表が、いい意味で世評を裏切ってくれたことに改めて感謝の気持ちを述べたい。特に2大会ぶりに決勝トーナメントに進み、世界3位のベルギーから2得点したことを最大限に評価したいと思う。2002年日韓大会、10年南アフリカ大会と過去2度、日本はベスト16に勝ち進んだけれど、どちらも無得点に終わった。今回もベスト8には進めなかったが、70分近くまで2点リ―ドを保ったあの試合は日本サッカーが最もベスト8に近づいた夜だった。あの興奮を味わわせてくれただけでも「本当に素晴らしいことをした」とたたえたくなる。

優秀なGK持つことの重要性

2点差を守りつつ、もっとうまく立ち回れていたらベスト8は夢ではなかったのだろう。ただ、それを個人の責任に帰するのもどうかと思う。

たとえば、GKの川島永嗣(メッス)に対する風当たりは強い。しかし、10年大会から3大会連続で日本のゴールを守り続けた川島を、この8年間、超えるGKを生み出せなかったことの方がよほど問題だと私個人は思っている。日本のGK育成の問題点を洗い出し、見直すべきは見直す。そこに全力を傾ける方がよほど前向きではないだろうか。

現在のJリーグには外国籍のGKがじわじわと増えている。アジア人枠や外国人枠を活用し韓国やオーストラリアやポーランドのGKが雇われている。その結果、若い日本人のGKが育ちにくい環境になっている。このまま放置すれば優秀な外国人のGKがどんどん増えて、日本人だったら誰でも日本代表のGKに呼ばれる状況になりかねない。

若い選手を育てるには時間がかかる。特に経験がものをいうGKは促成栽培などできない。フィールドプレーヤーならコンバートによって才能を伸ばすこともできるが、ポジションが一つしかないGKはGKをやる以外に成長しようがない。出番を与えずに上手になれといっても無理な相談だろう。

GKを育てること、優秀なGKを持つことの重要性はベスト8の夢を砕かれたベルギー戦で日本も骨身に染みてわかったはず。ロシア大会の最優秀GKに選ばれたクルトワ(チェルシー)が"サヨナラゴール"を狙った本田圭佑(パチューカ)のCKをキャッチ、そこからの超高速カウンターで日本は仕留められた。キャッチしてから得点まで10秒もかからないスーパーゴールを成立させたのは間違いなくクルトワだった。

あの失点に対して本田がショートコーナーを選択して香川真司(ドルトムント)あたりに渡していれば、デブルイネ(マンチェスター・シティー)が引き寄せられて何事もなくすんでいたという意見もあるようだ。

一理はあるが、私はあのクルトワのキャッチからスロー、デブルイネの高速ドリブルとボールのさばき、シュートを打たなかったルカク(マンチェスター・ユナイテッド)のスルー、そしてシャドリ(ウェストブロミッジ)のフィニッシュという一連のプレーに、詰めていけばいくほど立ち現れる、ベスト16まで進めるチームと、さらにその先に進めるチームのほんのわずかな差が見えた気がするのだ。本当に僅差ではあるが、埋めるとなると想像を絶する努力が必要な差が。

その差に絶望することはない。「ここからが遠い」のは確かだが、「ここまでは詰めた」という喜びが今の私は大きい。決勝トーナメントで勝つために必要な究極のレベルが見えてきたような気がするのだ。

面白くてわくわくするのは、日本のよさをさらに伸ばし、足りないと思えることを改善していけば、きっとこの壁は乗り越えられると確信を持てたからだ。

日本と対戦するチームは、コロンビアもセネガルもベルギーもなぜか本来の力を出せなかったという意見を大会中、しばしば耳にした。「日本をなめてかかったのが原因」といったニュアンス込みで。

私にいわせれば、それは全くの的外れ。日本の対戦相手は本来の力を発揮できなかったのではなく、日本が発揮させないように仕向けていたのだ。常にグループで対応し、前からプレスをかける選手がいれば、後ろからサンドイッチにするようにプレスバックをかける選手もいる。

攻めては、日本にはショートパスのうまい小柄な選手が多いから、ボールを取りにいこうとする瞬間にポンポンとパスを回すと、向こうは出ばなをくじかれたようになって振り回される。どういう距離感でプレーすることが日本の優位につながるかを経験的に熟知した選手を今回は多数起用した。その効果がよく出ていた。

また、対戦相手の分析の仕事が非常に機能したことも今回は見逃せない。分析の成果をチームに落とし込めていたし、選手一人ひとりにも「あの選手のよさはこうやったらうまく消せるよ」と示され、それらが確実に消化されていたように思う。

たとえば、ベルギーのDF陣の弱点。彼らは1次リーグの段階から3バックの間にスルーパスを通されてはピンチを招いていた。最後はクルトワの堅守もあって事なきを得たが、3バックから4バックに変えてもスルーパスに対する弱さはそのままだった。

柴崎岳(ヘタフェ)のスルーパスが原口元気(ハノーバー)に通って1点を先取したとき、相手の弱点を突きながら自分たちのよさを出す日本の選手の頭のよさに小躍りしたものだった。

選手が前向きにチャレンジする空気

今回の日本の躍進は、西野朗監督が示した方向性とスカウティング部門の分析がベースにあり、それを選手同士がディスカッションしながら細部をうまく詰めていって大きな成果につながったと思っている。監督が「これをやるな」「あれをやるな」と選手を萎縮させるのではなく、選手同士がやる気になって「これをやろう」「あれをやろう」と前向きにチャレンジする空気をつくり出したことが大きかったのではないか。

ポーランド戦後半、途中出場する長谷部(左)と言葉を交わす西野監督

1次リーグ3戦目、ポーランド戦の最後の10分間の日本の戦い方は大きな議論を巻き起こした。私はあれは「最高ではないかもしれないが、最善の選択をした」と思っている。危険なのは、ベンチの意図に選手がついてこれなくてバラバラになることだが、伝令役として"助監督"の長谷部誠(アイントラハト・フランクフルト)をピッチに送り込むことで統一感をきちっと出せた。

0-1で負けている状況で最後まで力を振り絞って同点を目指すべきだったという意見はあろう。私はあの試合を見ていて、0-1から1-1にするより、0-2になるリスクの方が終盤はずっと高いと感じていた。3試合連続出場の長友佑都(ガラタサライ)に疲れが見え、日本の左サイドが崩される兆候が表れていたからだ。あの強靱(きょうじん)な佑都ですら、へばりが見える。後は推して知るべしだろうと。

ならば、ノーマルに戦って2点差にされて1次リーグ敗退のリスクを背負うより、1点差のまま状況を塩漬けにした方が決勝トーナメントに上がる確率は高い。私がいう「最善」とはそういう意味である。

監督の仕事とは、正解がない問いに答えを出すことがほとんど。ポーランド戦を前にして西野監督の頭の中には決勝トーナメントに上がることと、上がった後もしっかり勝ちきって日本初のベスト8に進むことがあったのだろう。そのために、あらゆるリスクをはかりにかけて「これが一番、確率が高い」という選択をあの瀬戸際でした。選手の疲労を考慮して、先発メンバーを前の試合から6人も入れ替えたのもそうだった。

結局、ロシア大会でベスト4に勝ち上がったチームはフランスもベルギーもイングランドもクロアチアもすべて1次リーグ3試合目でターンオーバーを行った。「W杯は7試合の短期決戦」とよくいうけれど、本気で上を目指すチームは主力選手に6試合しか戦わせない戦略を持ち込んでくるわけである。そうしないと選手の体が持たないくらい、今のW杯は1試合ごとのインテンシティー(プレーの強度)が上がっているためだ。

そんな列強に、1次リーグの3試合で「刀折れ、矢尽き」みたいな戦いをしたチームが勝つことは難しい。今回の日本代表はメディカルスタッフも充実し、心拍数をモニタリングしたり、唾液や血液検査などの結果から選手の疲労度を完全に把握していたらしい。その上でポーランド戦のターンオーバーを実行に移した。すべてはベスト16以降の戦いを見据えて。

西野監督ならではの腹の据わり

そもそも、西野監督にはこの人ならではの腹の据わりがある。大会前の短い準備期間の中でもそうだった。強化試合のガーナ、スイス戦で使った選手たちはお世辞にも連係がうまくいっているようにみえなかった。こうなると最後の強化試合のパラグアイ戦も同じメンバーで戦い、コンビネーションを高めたくなるもの。

しかし、西野監督は計画どおりに3戦目でメンバー代え、故障明けで調整が遅れていた香川や乾貴士(ベティス)、柴崎や昌子源(鹿島)らを使ってきた。慌てることも騒ぐこともなく。そして、そこで結果を出したメンバーを本番になると重用した。

ポーランド戦はある意味、その逆だった。普通なら2試合で勝ち点4を挙げたメンバーを最優先で使いたくなるもの。それを「疲れている過去2戦の選手より、君たちの方がいい状態で戦えるはず」とばかりに、酒井高徳(ハンブルガーSV)や山口蛍(C大阪)、槙野智章(浦和)、武藤嘉紀(マインツ)らを送り込んだ。これもなかなかできることではないだろう。

このあたりの見極め、決断の仕方はさすがとしかいいようがない。自身の独断ではなく、周りの意見や情報もいっぱい吸い上げてのことだから、これこそが「オールジャパン」の真の意味だったのかもしれない。

大会後、長友が「悔いはない」と言い切ったのを聞いて、本当に素晴らしいと思った。自分がやろうとしたことは全部出して、それでも負けた、勝負事には上には上がある。そういう爽やかな認知の仕方だろう。

もう一つ、うれしかったのは、代表チームのスパーリングパートナーとして今回はU-19(19歳以下)日本代表をキャンプ地のカザンに同行させたことだ。関係者の話を聞くと、彼らは先輩たちから猛烈な刺激を受けたとのこと。一緒に練習して、スタンドで試合を見て「ここで戦えるようになるには俺たち、全然足りてない」と脳裏に刻みつけたらしい。

「次はお前らが頑張れ」

「次は俺たちが頑張る番」

そういう心のバトンタッチがフル代表とアンダーエージの代表の間で確実に行われたのだ。

19歳といって、のんきに構えていられないのは、フランス代表で優勝に貢献したエムバペ(パリ・サンジェルマン)が同じ年齢で既に世界の頂点に立ったからだ。そちらからも大きな衝撃を受けたらしい。

優勝したフランスに触れておくと、このチームはまだまだ若いということ。ベテラン扱いされているグリーズマン(アトレチコ・マドリード)にしてもまだ27歳。ここからさらに成長するサイクルにチームも選手も突入していくのだろう。

クロアチアとの決勝で一番驚いたのは守備的MFのカンテ(チェルシー)をデシャン監督が後半途中でばっさり代えたことだ。準決勝までのカンテは大会のMVPという活躍を見せていた。フランスはインターセプトの数の多さに特長がある「守」のチームなのだが、その中で一番の狩人がカンテだった。

一方でカンテには弱点があって、奪ったボールを展開する力は乏しく、横か近くにいる味方につなぐのがやっと。そういうカンテがボールを持つと、クロアチアは間合いをぎゅーと詰めて襲いかかった。カンテに狩られることを怖がるのではなく、ボールを持ったカンテを狩りにいくという大胆な策に出たのだ。

そのワナの前提になったのがモドリッチ(レアル・マドリード)だった。このクロアチアの達人は、カンテが狩りにいけそうなところでパスを受けながら決してボールを取られはしないのだった。狩れそうで狩れないモドリッチにカンテが動かされるたびに、そこにスペースができる。フランスは中盤の守備のバランスが崩れ、カンテをおびき出したモドリッチがラキティッチ(バルセロナ)らを使ってそこを突かせた。

カンテにすれば、モドリッチを追いかけてもボールは取れないし、たまにサイドで他の選手からボールを取れたと思ったら、すぐに囲まれて奪い返される。そういう悩める状況に追い込まれていた。

オウンゴールとPKというラッキーな形で2-1と先行しながら、デシャン監督は前半の劣勢が「カンテ狙い撃ち」にあると見たのだろう。後半途中からばっさりとカンテを切り、ヌゾンジ(セビリア)という大型MFを投入、ポグバ(マンチェスター・ユナイテッド)と中盤の底でどんと構えさせた。ヌゾンジはリーチがあるから、クロアチアの選手に襲われても体を張ってボールをキープできる。

ただ者でないデシャン監督の冷徹さ

これでフランスの中盤は急速に安定し、速攻による追加点につなげた。頭ではわかっても、守備のフランスのシンボルであり、ここまで勝ち上がってきた陰の功労者をそんな簡単に見切れるかというと……。デシャン監督の冷徹さもやはりただ者ではない証しなのだろう。

今大会から延長戦に突入すると4枚目の交代のカードを切れることになった。決勝トーナメントで延長戦の数が前回ブラジル大会の8から5に減ったのは、3枚目のカードを遠慮なく90分の間で切れるようになったことと無関係ではないだろう。

そういう意味では選手交代の重要性はさらに増したわけで、試合を読む力、交代のカードの切り方を今後はもっと監督が問われることになる。14人、15人を使ってもサッカーの質を落とさないというチームづくりの手腕も今まで以上に監督は要求されることになるのだろう。

モドリッチ(右)らクロアチアのサッカーには魂がこもっていた

準優勝のクロアチア、3位のベルギーも本当に素晴らしい大会にしたと思う。

クロアチアのサッカーには魂がこもっていた。「モドリッチ世代」の最後のW杯ということで、新たな歴史をつくるという強い意志、まとまりを感じた。自分たちのためだけではなく、応援してくれる人たちのために頑張る、実際に勝って喜ぶ人を目の当たりにすると、どんどん自分たちも乗っていける。そういう相乗効果をこのチームにはものすごく感じた。

モドリッチやラキティッチは所属クラブで欧州チャンピオンズリーグという最高峰の栄冠を手にしている。そんな彼らが、チャンピオンズリーグでも見せたことがないような異常な踏ん張りを見せた。その理由は、やはりクラブと代表では見える景色が違うということだろう。W杯には百戦錬磨の選手の感情を激しく揺さぶる特別な何かがある。

最高品質の芸術を見たいのならチャンピオンズリーグを見るといい。選手一人ひとりの心の在りかが見たいのならW杯を見るといい。そんな違いを今回も私は猛烈に感じた。W杯には人間の力を極限まで振り絞って戦わせるすごさがある。アディショナルタイムの劇的なゴールが多いのはその証拠。本当に奥が深い。

ロシア大会が心ゆくまで楽しめたのはスタジアムのすべてが素晴らしかったことも理由だろう。屋根もスタンドの傾斜も試合を心から楽しめる構造になっていて、ハイブリッドな芝生も素晴らしかった。

首都モスクワには大型のルジニキと、小ぶりで臨場感を楽しめるスパルタクの2つのスタジアムがあって、それぞれに味わいがあった。サッカー専用スタジアムが一つもない首都東京のお寒い状況を思うと、世界標準にはるかに遠い環境で日本代表はよくやっている方かもしれない。

4年後のW杯がどんな戦いになるかを予測すると、たとえばフランスに勝とうとするなら、フィットネスの要素を避けて通ることはできないだろう。エムバペやポグバみたいな選手にどう対抗していくか。ベルギーのように190センチ台の選手を前線に並べてパワープレーを仕掛けてくるようなチームはアジアにはいない。それをどうやって抑えていくか。

一方で日本には独特の距離感でプレーできる選手がいて、キュキュッとマークを外せる選手、柴崎のような繊細なスルーパスを出せる選手がいる。

この強みと弱みをどうとらえ、統合しながら選手を伸ばしていくか。日本からどうやったらエムバペのような10代で活躍できる選手を出せるのか。われわれ指導者に突きつけられた宿題もたくさんあるロシア大会だった。

(サッカー解説者)

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