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揺らぐ赤い影 金魚の養魚場(東京・江戸川)

今昔まち話

戸建て住宅やアパートが立ち並ぶ道路沿いに、金魚の絵と共に「養魚場」の看板が出ている。周囲をコンクリートで固めた四角い池をのぞき込むと、赤や白に身を染めた金魚たちが緑色の水の中をゆらゆらと泳いでいた。

住宅街に残る金魚の養魚池でエサをまく堀口英明さん(13日、東京都江戸川区)

東京都江戸川区春江町にある堀口養魚場は、明治期から続く金魚の養殖業者。敷地内には計3千平方メートル近い養魚池があり、「ワキン」「リュウキン」「キャリコ」「シュブンキン」の4種、3万~5万匹を育てている。3~11月の日曜日には小売り販売もしている。

5代目、堀口英明さん(67)は子供の頃から金魚と共にこの地で生き、家業をつないできた。「昭和30年代、うちの養魚池は今の5倍くらいあった。周りにはレンコンを取るハス田がたくさんあった」と、モノクロ写真を見ながら思い返す。

雑誌「金魚道」を発行する江戸川区の大野成実さん(63)によると、同区での金魚養殖は明治30年(1897年)ごろに始まったとみられ、大正12年(1923年)の関東大震災を機に現在の江東区辺りから業者が移ってきて盛んになったという。

江戸川琉金(提供:堀口英明氏)

第2次大戦中、食用コイ生産や農地転用で金魚養殖は細ったが、戦後に復活。江戸川区は愛知県弥富市、奈良県大和郡山市と並んで金魚の三大産地と呼ばれるようになった。

しかし、都市開発の波が及んでくるとともに養殖業者の廃業、周辺の埼玉や茨城などへの移転が相次ぎ、現在、区内に養魚池を持つ業者は堀口養魚場と他に1軒だけとなってしまった。

固定資産税の負担に耐えられず、堀口養魚場も次々と池を埋め、手放したり賃貸アパートを建てたりしてきた。「来年にはあっちの池も売るつもり」と、英明さんの口調にはあきらめの色が混じる。

「この池では、この春生まれた稚魚を育てているんだよ」。英明さんが柄付きのふるいで餌の粉をまくと、まだ色の付いていない黒い稚魚の群れが浮かんできて水面がさざめいた。「金魚は生き物だから人間の思い通りには作れない。秋、その年の金魚の出来を見るのは楽しいね」と目を細めた。(田中信宏)

 江戸川リュウキン 寸詰まりの丸い体、長いヒレが特徴のリュウキンは、金魚の代表的な品種の一つ。東京都江戸川区産のものは形や色が良いとされ、「江戸川リュウキン」と呼ばれてブランド化した。堀口養魚場の4代目、故堀口篤次氏が作るリュウキンはとりわけ質が良く、「堀口リュウキン」と呼ばれて愛好家の人気を集めた。親分肌だった篤次氏は他の養殖業者に親の金魚を分け与えたり飼育法を伝授したりしていたといい、江戸川リュウキンの伝統は今も各地の業者に受け継がれている。

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