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サッカー審判も走れなければ始まらない

ランニングインストラクター 斉藤太郎

2004~16年に実施された日本サッカー協会の「JFAレフェリーカレッジ」でランニング講師を担当したことが契機となり、現在でもサッカー審判員の方々への指導の場を持たせていただいています。トップリーグの試合で主審が走行する距離は約13キロといわれます。ワールドカップ(W杯)ロシア大会が閉幕したばかりでもあり、今回は審判に求められるランニング能力と日ごろの取り組みについて、紹介させていただきます。

審判員もたゆまぬトレーニングを続けている(2013年のFIFA講習会)

今回のW杯で招集された佐藤隆治さん(1977年生まれ)は2試合(ポルトガル―スペイン戦、オーストラリア―ペルー戦)で第4の審判を担当しました。JFAレフェリーカレッジの1期生です。私が彼のランニングをサポートしたのは04~05年。そこから13年という月日を経て、W杯のステージに到達しました。

1級審判員に合格するとJFL、J2、J1と段階を踏んで経験を積み、さらに上達すると国際試合を担当する国際審判員に任命されます。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)やW杯予選などを担当します。佐藤さんは7人いる日本人の国際審判員(主審)の1人です。

W杯では基本的に、対戦する2チームにとって中立的な立場であり、トーナメントの進行に利害がないとみられる国の審判員が担当することになります。たとえば欧州と南米の国が対戦するカードでは、アフリカやアジアのレフェリーが担当するといった具合です。4年後のカタール大会でも日本人審判員の活躍を期待しています。

1試合の走行距離は約13キロ

試合がハイレベルになるほど審判の走行距離が増えるかというと、必ずしもそうではないようです。両チームのミスが少なくなることもあり、短くなることもあるそうです。

ここから先は、西村雄一さんに取材した話です。西村さんはニッポンランナーズの会員であり、私がランニングのトレーニングを定期的に担当させていただいています。W杯では10年南アフリカ大会(準々決勝のオランダ―ブラジル戦などを担当)、14年ブラジル大会(開幕戦のブラジル―クロアチア戦を担当)の舞台を踏むという輝かしいキャリアを持っています。

一般ランナーと違う点

サイドステップ、バック、180度ターンなど多方向への移動、そしてストップ(急停止)と、審判には様々な動きが求められます。前進においてはウオーク、ジョグ、テンポ、ラン、スプリントと5段階のギアを使い分けているそうです。これらの要素を包括的に「身のこなし」と私は呼んでいますが、パフォーマンスの個人差が大きい中で、西村さんの身のこなしはシンプルかつスムーズで、芸術的といってもいいほどです。

ピッチ上での急加速

W杯やJリーグの一般的なピッチのサイズは105メートル×68メートル。スピードを急上昇させるスプリントの本数はおおむね前半と後半で各20~25本、時間はそれぞれ4~15秒だそうです。大まかなイメージで考えると、2分ごとに1本のスプリントと1分45秒程度のリカバリーが繰り返されています。

<スプリント時>

速い動きが得意な速筋線維が主のランニングで対応します。心拍が上昇して血流が激しくなり、ダッシュ後には脚が鈍く、重くなります。速い動作では無酸素系のエネルギー供給となり、血中には疲労物質が蓄積します。疲労をためないために筋力に頼らず、負担をかけずに行くべき方向に重心を移す練習をしています。始めの3~5歩の足の運びと体勢が試合の流れについていけるかどうかを左右します。

<一旦穏やかな流れに>

速いスピードでゲームが動いていない時間は、脚を動かしつつもフィジカル面のリカバリーに充てます。筋肉が伸縮を繰り返すポンプの動きを利用して血液循環を促進させ、効率よく酸素を運搬し、疲労物質の除去に充てるのです。プレーが大きく動くタイミングに備えて体をリセットします。トレーニングに置き換えると、サッカーは45分×2セット。審判に求められる動きは、まさにピッチ上を縦横無尽に移動するインターバルトレーニングだといえます。

「コレクト・ポジション」「コレクト・モーメント」

審判員がしかるべきときに的確なポジションから判定を下すには、予測を立てて移動することが大切という=ロイター

これは、13年5月にブラジル・リオデジャネイロで行われた国際サッカー連盟(FIFA)講習会にランニングインストラクターとして招かれた際、FIFA審判部長のマッシモ・ブサッカ氏が話していた言葉です。

要は、しかるべきときに的確なポジションから判定を下すには、パスを受ける準備ができている選手の動きからヒントを得て、予測を立てて移動することが大切なのだそうです。優秀な審判員ほどこの読みがさえていて、ゲームにマッチした動きになります。状況が生じてからのリアクション(移動)ではダメ。距離が遠く、見えにくい位置からの判定となり、真実がどうであっても「臆測で判定しているのでは?」という不信感を選手に与え、試合自体が悪循環に陥ってしまうそうです。

フィットネステスト

日本の男子1級審判員のフィットネステストの内容をご紹介します。

(1)40メートル・スプリント×6本〔6秒00以内〕

1分間隔でスタート。スタートのタイミングは自分で決められます。ちなみに、センタースポット(ピッチの中心)からペナルティーエリア角までの距離が約40メートルです。

(2)「75メートル・ラン〔15秒以内〕+25メートル・ウオーク〔18秒〕」×40本

(=100メートル=33秒サイクル×40本)

(=400メートルトラック10周)

(1)の終了後に時間をあけずにスタート。75メートル=15秒は、1キロ換算で3分20秒と女子マラソン日本記録に相当するペース。以上の2種目をクリアしないと選手と一緒のピッチに立つことができません。

14年W杯前の西村さんのトレーニング

代表的なものに「80メートル×3本(リカバリーなし)」という練習がありました。ペナルティーエリアの角から反対側のペナルティーエリアの角までの対角線が80メートルあり、攻め込まれた状況から一気に攻めに転じる「カウンター」と呼ばれるハイスピードな展開が、3回繰り返されてもついていけるように準備しておきたいという考えが背景にありました。ブラジル大会で多く見られた得点は「コーナーキックに対する守備からボールを奪って、一気に相手ゴールへ攻め込む展開」だったそうです。それはまさに今大会決勝トーナメント1回戦のベルギー戦で最後に日本が失点したシーンに象徴される展開です。

13年のアジアサッカー連盟講習会で指導する筆者(手前)

ちなみに、日本が1次リーグ最終戦のポーランド戦終盤、リードされている状況ながら決勝トーナメント進出を見据えてあえて攻めず、後方でのボール回しに終始した件について、西村さんの見解を紹介します。「試合のルールに加えて、大会(競技会)のルールというものがあります。たとえば陸上短距離の予選、準決勝でも着順が確保されていたら、決勝に備えて最後は流すこともありますよね。様々な考え方がある中で、1次リーグ突破という目標に対し状況に応じた様々な戦い方があるということです」

審判員の方々はたくさんの過程を通過し、ランニングのみならず広範囲のことを勉強し、メンタル面でもフィジカル面でも高度な準備をされています。審判は「不正は見逃さない」という見方をされている方が少なくないと思いますが、正しくはありません。審判が最も重視しているのは、事実を見極めること。選手、監督、コーチ、ファン、サポーター、運営スタッフ、そしてレフェリー自身を含め、みんなが楽しめるようなゲームコントロールを心がけてマネジメントしているのです。自らの判定が選手の環境や生活を左右しかねない審判は、フェアプレーをする選手が活躍できるよう支えている。どうかそういう視点を持っていただければと思います。

J1が再開しました。週2回のペースで試合が開催される時期があります。1試合を乗り切るのみならず、シーズンを通してけがをせず、コンディションを維持しなくてはならないのは審判も同じで、効率のよい走り方のマスターは必須となります。「フィジカルコンディションに不安がなければ、見極めることに全力を注げる」と西村さんは話しています。

 さいとう・たろう 1974年生まれ。国学院久我山高―早大。リクルートRCコーチ時代にシドニー五輪代表選手を指導。2002年からNPO法人ニッポンランナーズ(千葉県佐倉市)ヘッドコーチ。走り方、歩き方、ストレッチ法など体の動きのツボを押さえたうえでの指導に定評がある。300人を超える会員を指導するかたわら、国際サッカー連盟(FIFA)ランニングインストラクターとして、各国のレフェリーにも走り方を講習している。「骨盤、肩甲骨、姿勢」の3要素を重視しており、その頭の文字をとった「こけし走り」を提唱。著書に「こけし走り」(池田書店)、「42.195キロ トレーニング編」(フリースペース)、「みんなのマラソン練習365」(ベースボール・マガジン社)、「ランニングと栄養の科学」(新星出版社)など。

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