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超情報社会、豊かさの向こうに危うい進歩

独自のデータ経済圏が広がる中国では、監視技術の向上も進む(中国・崑山市)=カメラ開発の安科迪提供

企業や国がデータの力で競争力を高める「データエコノミー」が勃興する。ヒト・モノ・カネが生み出す情報資源は爆発的に増え、経済から政治、社会、日常の生活にまで影響を及ぼし始めた。技術革新は止まらない。私たちもいや応なく大きな変化を迫られる。

「滴滴使えず」

4月、中国・上海。飲食コンサルタントの小原あかねさん(48)は重い足取りで中心部へ向かう大通りを歩いていた。「街はどんどん洗練されるが、私には不便になる」

ホテルに帰りたいが、30分以上もタクシーが捕まらない。中国に毎月出張するたび、途方に暮れる。ここ2年で配車アプリ「滴滴出行」が一気に普及。流しのタクシーが激減した。現地の銀行口座と直結する決済アプリと連動させなくてはならないため、多くの外国人は滴滴を使えない。

中国では10億人以上が身分証、携帯番号、口座とひも付いた決済アプリを使う。日々の買い物から株式投資、レンタル傘やシェア自転車、無人コンビニまで、スマートフォン(スマホ)1台で済む新たな生活インフラだ。利用には代償も伴う。

「罰金300元を払うように」。6月、重慶の会社員、羅揚さん(35)はSNS(交流サイト)の通知にうな垂れた。監視カメラで3日前の車線変更違反を撮影されていたのだ。当局の監視システムもつながる独特のデータ経済圏。個人情報を差し出さなければ、便利さも享受できない。

電子情報技術産業協会によると、2030年にはあらゆるものがネットにつながるIoT関連市場が世界で404兆円と現在の2倍強に膨らむ。顔や音声の認識技術も普及し、従来の文字や画像と組み合わせるデータのかけ算が広がる。

己の全てが記録

15世紀以降の印刷、放送、通信といった技術の進歩は大衆に知識を広げ、イノベーションや豊かな社会を育む原動力になってきた。データの世紀は私たちにさらなる利便をもたらしていくが、これまでの「知の民主化」の流れを変えかねない危うさもはらむ。

1日何歩歩いたか、昔の始末書の下書き、自宅の設計図まで、取材班のメンバー(42)の全てが記録されていた。欧州が5月に施行した一般データ保護規則(GDPR)で定める「データ持ち出し権」。企業から自分のデータを取り戻して管理できる権利をグーグルで試すと、目を疑った。

容量10.8ギガ(ギガは10億)バイト、映画9本分だ。検索履歴や位置情報のほか、予定表、Gメール、消したはずの写真まで含んでいた。「グーグルのサーバーからデータが削除されることはありません」。完全削除を指示しない限り、残り続ける。

巨大データセンターは世界15カ所。便利な無料サービスが10億人を超すユーザーをひき付け、映画数兆本分に及ぶとされるデータを集めてきた。「もう生活の必需品。代わりはない」。データ保護サービス会社を経営する太田祐一さん(35)も私用は全てGメールだ。

グーグルは世界中からデータをかき集め、今や「IT(情報技術)の巨人」として影響力を振るう。17年12月期のグループ売上高は12兆円で、ほぼ個人データをもとにした広告収入だ。独調査会社スタティスタによると、利用者1人当たりの売上高は年9千円。利便と引き換えにユーザーが差し出したプライバシーが生む「対価」だ。

22億人が使うフェイスブックとグーグルをあわせたネット広告の世界シェアは6割を超す。データを一手に吸い上げ、富と力に換える。データエコノミーは米中だけが動かすわけではない。

4月、独ベルリン。「Verimi(ベリミ)」というデータ連携サービスが始まった。運営企業に出資するのはドイツ銀行やダイムラー、ルフトハンザといったドイツを代表する大手10社。互いのデータを持ち寄り、消費者の行動を広範囲に分析して効果的な顧客取り込みにつなげる。

個人データを独占してきたグーグルなどへの対抗勢力として生まれた。異色なのは参加企業が集めたデータをどう使うか、ユーザーに選択権を委ねている点だ。

航空券予約もカーシェアも決済も、同じIDで済む。ユーザーが同意しない限り、データは広告や外部企業に勝手に使われることはない。サービス名は「Verify Me(私を認証して)」から付けられた。

「米中のIT大手は人権を無視して個人情報を集めている」。ベリミの主張だ。先行した米中とは違う形のデータ連携が進む。

日本でもデータ活用の動きが広がるが、解は出ていない。欧州は19年にも「クッキー法」と呼ぶ新たなプライバシー規則を導入。豊かさの向こう側にあるリスクに気付いた個人も巻き込み、データエコノミーのあり方を問いかける。

利便を取るか「私」を守るか。現れつつある超情報社会を前に、世界は岐路に直面している。

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データの世紀

データ資源は21世紀の「新たな石油」といわれる。企業や国の競争力を高め、世界の経済成長の原動力となる。一方、膨大なデータを独占するIT(情報技術)企業への富と力の集中や、人工知能(AI)のデータ分析が人の行動を支配するリスクなど人類が初めて直面する問題も生んだ。
連載企画「データの世紀」とネット社会を巡る一連の調査報道は、大きな可能性と課題をともにはらむデータエコノミーの最前線を追いかけている。

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