2018年7月19日(木)

「皿屋敷」播州の伝承 今に お菊神社(もっと関西)
時の回廊

コラム(地域)
関西
2018/7/11 11:30
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 「いちま~い、にま~い……」

伊藤晴雨画「皿屋敷のお菊」(姫路文学館蔵)

伊藤晴雨画「皿屋敷のお菊」(姫路文学館蔵)

 井戸から現れた女の幽霊がうらめしげに皿を数える怪談「皿屋敷」。近年は江戸の武家屋敷を舞台にした「番町皿屋敷」として知る人が多いが、実は姫路が舞台の「播州皿屋敷」のほうが古いとされる。お家騒動もからんだ複雑な物語からは、単なる悲劇のヒロインではない「お家」に尽くした烈女の姿が見えてくる。

■姫路城に古井戸

 国内外から多くの観光客が訪れる世界遺産で国宝の姫路城。見学ルートの終盤、上山里丸と呼ばれる広場に「お菊井戸」と名付けられた古井戸がある。案内板には「播州皿屋敷」の怪談が日本語と英語で紹介され、訪れた人のほとんどが恐る恐る井戸をのぞき込む。

 姫路城管理事務所の村田和宏専門員に聞くと「1912年に城が一般公開された際、観光の見どころとして設けた」という。播州皿屋敷は永正年間(1504~21年)の出来事とされ、現在の姫路城が建築された1609年よりもだいぶ昔だ。築城前から井戸があった可能性はあるものの、お菊が投げ込まれた井戸とするには疑問が残る。

姫路城内にあるお菊井戸(兵庫県姫路市)

姫路城内にあるお菊井戸(兵庫県姫路市)

 過去に本格的な調査をしようとしたこともあった。だが「不気味な空気が流れて中止したという記録がある。井戸がいつから存在するのかははっきりしない」(村田専門員)という。

 お菊をまつったと伝わる神社が、姫路城の南西に位置する十二所神社内の「お菊神社」だ。由緒を記した看板や石碑には、姫路城主小寺則職の奥女中、お菊が逆臣青山鉄山のお家横領の陰謀を内通し、小寺家の家宝の皿を隠されて罪を着せられ、責め殺されたと書かれる。鉄山一派が滅ぼされた後、則職がお菊の忠節に報いようと「三菊大明神」としてまつったという。

お菊をまつるお菊神社(兵庫県姫路市)

お菊をまつるお菊神社(兵庫県姫路市)

 戦災で社殿や社務所など一切が焼け、現在の建物は戦後に再建された。菅原信明宮司は「神社の詳しい由来はわからないが、明治初めの愛国思想の中で主家に尽くしたお菊への信仰が高まったのでは」と話す。

 姫路に伝わる「播州皿屋敷」の物語はいつごろ生まれたのか。姫路文学館学芸課の甲斐史子課長補佐に聞くと「検証は難しいが、最も古い記録は1577年に書かれたとされる『竹叟(ちくそう)夜話』」という。物語の元になる事件が起きたとされる永正年間の50年以上後だ。「竹叟夜話」ではお菊ではなく花野という女性で、そろいの鮑(あわび)の杯の1つをなくしたとして責め殺され、怨念が家を滅ぼしたという。

■文楽を復活上演

 お菊の伝説としては、幕末に書かれた「播州皿屋鋪細記」などが伝わる。家宝の皿の詮議にからめて、お家騒動やお菊に横恋慕する家臣の話などが加わり、物語は複雑さを増す。とはいえ、いずれも発生当時の記録ではなく言い伝えを記録したもの。さらに「皿屋敷」に類似した伝説は各地に存在し、どれが元祖かを確かめるのは困難だという。

淡路人形座(兵庫県南あわじ市)は2016年、約80年ぶりに「播州皿屋舗」を復活上演した

淡路人形座(兵庫県南あわじ市)は2016年、約80年ぶりに「播州皿屋舗」を復活上演した

 甲斐さんは「お菊はどこにでもいるような女性で、土地土地の物語を引き寄せた」とみる。様々な芸能に取り込まれ江戸期にはなじみの物語になった。伝説が作られた面もあるようだ。

 1741年に大坂豊竹座で初演された文楽の「播州皿屋舗」は台本が存在する「皿屋敷もの」では最も古い。上演が途絶えていたが、2016年に淡路人形座(兵庫県南あわじ市)が「青山館の段」を復活上演し再演を重ねる。歌舞伎では岡本綺堂作の「番町皿屋敷」の上演が多いが、姫路の「皿屋敷」にも注目したい。

文 大阪・文化担当 小国由美子

写真 大岡敦

 《交通・ガイド》JR山陽本線「姫路駅」、山陽電鉄「山陽姫路駅」から徒歩10分。十二所神社内。
 《お菊祭》医薬の神である少彦名命をまつる十二所神社にお菊は主君の病気平癒のために参詣していた。祭はお菊の命日とされる5月8日前後に実施。近年は地元の義太夫節演奏家と人形劇団が「播州皿屋敷」を奉納上演している。

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