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パワーカップルは「の」を描く マンション最前線

首都圏の郊外で新築のマンション販売に復調の兆しが出てきた。都心で価格の高止まりが続き、購買力のある夫婦共働き世帯「パワーカップル」が郊外の物件探しを活発にしているためだ。マンション前線は「の」の字で巡る――。不動産業界では新築マンション活況の潮目は都心部を出発点に郊外に向けて進むといわれる。今、「の」の字がくっきりと浮かび上がっている。

6月17日、日曜日の千葉県習志野市。午前10時にモデルルームが開くと10組近い家族連れが一斉になだれ込んだ。

この日は新築マンション「津田沼ザ・タワー」(総戸数759戸)の第1期3次販売の最終日だ。今年4月に販売を開始。この日までに全体の7割に当たる522戸を売り出し、登録の申し込みは544件と売り出し戸数を上回った。重複した住戸があるため、すべてが売れたわけではないが、販売したうち9割に契約のメドがついた。

津田沼ザ・タワーは三菱地所レジデンスなどが手掛けるタワーマンション。大規模マンションは「売り出しから半年で4割に契約が入れば上出来」というのが相場だが、たった3カ月足らずで6割にメドがついた。「入居できる2020年7月までまだ2年もあるのに」とモデルルームの担当者も驚く。

首都圏のマンション販売は全般的に低調だ。不動産経済研究所によると、5月に発売した首都圏の新築マンションで発売日に全住戸が売り切れる即日完売はゼロ。現在の調査形態となった1990年以来で初めてだ。消費者は購入にかなり慎重になっている。そんななかで郊外の物件が今、なぜ売れるのか――。

不動産コンサルティング会社、トータルブレインの久光龍彦社長は「ここ1~2年、都心を中心にマンション市況をけん引してきたパワーカップルが郊外でも動きだした」と指摘する。津田沼ザ・タワーの契約者も「6~7割がパワーカップル」(三菱地所レジデンスの河野隆二・第1販売部グループ長)だ。

パワーカップルはいずれもフルタイムで働く夫婦で、ニッセイ基礎研究所の久我尚子・主任研究員は2人とも年収が700万円を超える夫婦と指摘する。

不動産経済研究所の調べでは、2017年の都心23区の新築マンションの販売価格は坪(3.3平方メートル)当たり358万円。08年のリーマン・ショック時に比べて26.9%上昇した。一般的な住戸(75平方メートル換算)で8000万円、利便性が高く人気のある都心3区(中央、港、千代田)ともなると1億円に達し、「さすがにパワーカップルでも手が出なくなってきた」(マンションアナリストの岡本郁雄氏)。

代わりに郊外の物件を検討し始めた。津田沼ザ・タワーはその典型例だ。平均価格は6000万円。ペアローンを組めば1人当たりの月々の支払いは約7万8000円。駅まで4分、大手町まで30分という利便性が千葉に地縁があるパワーカップルに受けている。

こうした物件には地元の富裕層の投資需要も集まる。津田沼ザ・タワーは、駅周辺の賃料相場から考えると坪当たり月1万2000円なら貸せる。利回りは5%。パワーカップルに賃貸で回せば手堅い投資収益が見込め、「これまで数件が投資用として売れた」(河野グループ長)。

パワーカップルが重視するのは通勤にかかる時間距離だ。都心でも郊外でも志向は同じ。大切なのは「住戸から駅まで」「駅から会社まで」どれくらいかかるか。それぞれ「5~8分以内」「30~40分以内」。逆にその条件を満たせば「千葉県や埼玉県であってもこだわらない」(トータルブレインの久光社長)。

 さいたま市で新日鉄興和不動産が手掛けた「武蔵浦和SKY&GARDEN」も郊外志向派のパワーカップルの支持を集めた物件だ。駅から徒歩3分、JR東京駅まで約30分。17年春までに販売戸数約600戸を約3年で売り切った。

購入者の1人でファイナンシャル・プランナーの吉住孔佑さん(31)は、都内の大手製薬会社に勤務する妻(29)と子供2人の4人家族。2人目の子供が誕生したのを機にマンションの購入を決めた。

予算は5000万円。最も重視する項目を順番にノートに書き出すと「駅までの距離」、「駅のアクセス」となった。孔佑さんは1級ファイナンシャル・プランニング技能士の資格を持ち、土日も顧客先を飛び回る。だからこそ「できるだけ移動に時間をかけたくない」と話す。

住友不動産は5月、東京メトロ東西線直通の八千代緑が丘駅から徒歩3分の場所で「シティテラス八千代緑が丘ブリーズコート」(569戸、千葉県八千代市)の販売を始めた。

坪単価は180万円で、75平方メートル換算なら4000万円程度。大手町まで30分台という地の利。ペアローンを組んでそれぞれ平等に返済するなら月々5万円台。周辺の賃貸マンションに住むより家族の負担は3万~4万円軽くなる。

「水が低いところに流れるように、価格の低いところに消費者が流れてきた」。同社の住宅分譲事業本部の遠藤毅部長は反応の良さを「生活防衛的な物件購入ではないか」と分析する。

マンション前線の「の」の字の最終カーブの周辺に旋回してきたパワーカップルたち。彼らをいかに捉えるか――。デベロッパー各社の争奪戦が「の」の字の先で激しさを増しつつある。

 ■ 8000万円が壁 ■ ■

首都圏の新築マンションの価格は07年まで「新・新価格」と呼ばれる水準にまで上がった。不動産経済研究所の調査によると02年の首都圏の新築マンションの平均価格は4003万円。これが17年には5908万円。約15年でマンション価格は1.5倍に急騰した計算だ。

この時のマンション価格の高騰の理由は日本の金利。低い金利が呼び水となり外資系投資ファンドのマネーが日本の不動産市場に流入、特定目的会社(SPC)などを使って、投機的な不動産投資が市場価格をせり上げていったが、結局、08年のリーマン・ショックで市場は瓦解した。

そして現在。歴史は繰り返す。低金利、建築費の高騰――。構図はリーマン・ショック前と類似する。

ただ、異なるのはパワーカップルという実需の担い手の登場だ。「ペアローン」という高い資金調達能力と税制面の恩典をテコに買い手として大きな存在感を示す。

問題はパワーカップルがどこまで市場をけん引できるのか。都心23区で8000万円強、中心地の好立地なら1億円超となれば、さすがのパワーカップルもついていけない。実需を置き忘れれば、前回同様、破綻を招く。

(企業報道部 前野雅弥)

[日経産業新聞 2018年7月6日付]

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