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ITから競艇選手まで、高専OB「技術系だけじゃない」

高専に任せろ!2018

高等専門学校(高専)出身者によるスタートアップは多いが、ソフトウエア開発のフラー(千葉県柏市)は特に異色だ。創業者の渋谷修太最高経営責任者(CEO、29)を筆頭にトップ4人を高専OBが固める。彼らに共通するのは、実践しながら学ぶ姿勢と夢にまい進するひたむきさだ。高専で培った持ち味で新ビジネスを切り開く。

フラーは渋谷修太CEO((左)から3人目)らトップ4人が高専OBだ(千葉県柏市)

つくばエクスプレス柏の葉キャンパス駅。フラーの本社は駅前ビルの一角にある。オフィスの入り口では、同社が開発したスマートフォン(スマホ)の節電アプリ「ぼく、スマホ」のキャラクターのぬいぐるみが出迎える。社員のデスクには楽器や菓子が並ぶなどリラックスした雰囲気だ。

フラーの主力事業は、アプリの開発者向けの市場分析サービス「AppApe」。同分野で国内首位を握る。アウトドアブランド「スノーピーク」の公式アプリの開発運営も担当している。

「もともとゲームの作り手になろうと思って高専への進学を決めた」。渋谷氏はこう振り返る。

ゲームは少年時代から友達とつながるための大事なツールだった。行動範囲が限られる子どもにとっては、壮大なRPG(ロールプレイングゲーム)の世界はダントツに楽しかった。ゲームのプログラマーを志して中学時代からプログラミングの専門書を読み、そのまま高専に進んだ。

長岡工業高等専門学校(新潟県長岡市)ではプログラムの勉強に打ち込んだ。またニューラルネットワーク(神経回路網)を研究し、脳がどのようなプロセスで意思決定するかなどを分析、株価も予測したという。

転機はいくつかあった。長岡高専の約1000人の生徒のうち、約300人が入る寮でまとめ役を務めたこともそのひとつ。役目をこなすうち、「多くの人とコミュニケーションを取ったり、組織をマネジメントしたりするのが向いていると気付いた」。

そして進路についてあれこれ考えていたころ、通い詰めていた書店で1冊の本に出合った。米ハーバード大ビジネススクール(経営大学院)を首席で卒業し、ライフネット生命保険を共同で立ち上げた岩瀬大輔氏の著書だ。本の中に、ハーバードの教えとして「一度しかないワイルドでかけがえのない人生。あなたはどう過ごすつもりですか」という記述があった。「自分は高専の仲間たち一人ひとりの夢を叶える場をつくりたい」。そんな思いが起業の道に的を絞らせた。

折しも、高専在学中の2004年には中越地震、07年には中越沖地震と2度の地震を経験する。「限られた人生に無駄な時間はない」。焦燥感も渋谷氏の背中を押した。

「即実践」で新事業開拓

起業するならビジネスについて知らなければならない。高専生の4割は大学に編入するが、その際は理工学系の学部に進む。渋谷氏は筑波大の理工学群に編入したが、そこで経営工学を専攻し、マーケティングや経営の理論を習得した。

卒業後は在学中からインターンとして働いていたグリーに「3年以内に辞めて起業する」と宣言して入社する。「自分たちで作ったスマホ向けアプリの広告収入が想定外に多かったので自信が付いた」と11年9月に退社。2カ月後には茨城県つくば市内のアパートで創業した。

頼りになったのは高専コミュニティーだ。ビジネスパートナーは長岡高専時代の親友だった桜井裕基氏(29)。桜井氏は最高執行責任者(COO)で、サービスデザインなどを手掛ける最高文化責任者(CCO)も兼任する。渋谷氏が電話をかけて「夢をかなえよう」と誘い、呼び込んだ。

4人のうち残る2人は、筑波大時代に出会った苫小牧工業高等専門学校(北海道苫小牧市)OB。大学時代、3年から編入する高専OBはマイノリティーだったという。「単位をどうやって取るかなど高専卒の学生同士で年齢を超えたつながりがあった」(渋谷氏)

フラーは12年に節電アプリ「ぼく、スマホ」を公開。13年には現在の事業の柱である「AppApe」を投入した。

渋谷氏は「辞めようと思ったことは全くないが、会社がつぶれそうだと思ったことは何度もある」と苦笑する。ただ、行き詰まったときは「理屈をこねるよりも、行動する」と言う高専生の行動原理で壁を越えてきた。

AppApeは分析機能に磨きをかけ、いまや4000社超が使用する国内随一のサービスに育った。フラーは国内外のベンチャーキャピタル(VC)から累計7億円以上を調達している。社員数も50人まで膨らんだが、10人程度が長岡高専卒の後輩という。

渋谷氏は「スタートアップが成功するためには、会社がやりたいことと、働く人がやりたいことが、同じ方を向いている必要がある」と考えている。「その点、高専卒は趣味や個性がハッキリしている。やりたいことが明確で、スタートアップにはマッチしている」。

フラーのウェブサイトでは役員が自分の夢をアピールしている。渋谷氏の夢は「世界一ヒトを惹きつける会社を創ること」。同じ志を持つ仲間を巻き込みながら、一歩一歩前進している。

(企業報道部 牛山知也)

競艇挑戦 勝負の世界へ

モーターボートレースで一風変わった選手がこの春、誕生した。粟田祥選手(23)。阿南工業高等専門学校(徳島県阿南市)を卒業し、競艇の世界に飛び込んだ。建築を修めた粟田さんがなぜ、陸を離れて海の世界を選んだのか。高専で学んだ腕前は新たな世界でいかされるのか。準学士(高専卒の称号)ボートレーサーの勝算やいかに。

競艇場は1周600メートル。6艇で競い、時計と反対回り(左回り)に3周して順位を決める。ボートは時速約80キロメートル、体感速度約120キロメートルで、約1分50秒で勝負は決する。ターンの横G(求心加速度)のかかり方はアミューズメントパークの比ではない。水面は平らに見えるが、ほんの小さな波や海流でハンドルを取られる。砂利道を猛スピードで走行するようなものだ。全国に選手は1600人。頂点の選手になると年間3億円を稼ぐことも夢ではない。

 栗田さんの両親は中学教師で、競艇とは無縁だった。高専4年生の時にインターンシップで世話になった建設会社の従業員に掛けられた言葉が、人生を変えるきっかけとなった。「いろいろな世界を見るのがいいよ」

今年デビューした高専卒の異色のボートレーサー、粟田祥選手

高専は専門を深く学ぶ。インターンシップだけでなく課外授業でも実社会との接点はあるが、選択肢はひとつではないという当たり前のことに改めて気づいた。そして4年生の夏休み。粟田さんはたまたま知人に誘われて競艇を見に行き、衝撃を受ける。

「ターンの迫力、エンジンの音とガソリンの匂い。こんな格好いいものを生まれて初めて見ました」。競艇について調べれば調べるほど「自分の求めていたモノに近い」と思うようになる。実力が左右する勝負の世界にも引き付けられた。

高専退学も決意したが周囲に説得され、いったん休学して養成所の試験に挑むことにした。試験は年2回。毎回1500人前後が受験し、合格者は僅か約50人。元甲子園球児など全国レベルのアスリートも狭き門をこじ開けようとする。粟田さんは4回目の受験で滑り込むことができた。高専を卒業して養成所へ。1年間が経過したとき、約50人いた同期は26人になっていた。

レースで使用するボートやエンジンは個人の所有ではない。各競艇場に用意されていて、開催初日の前日に抽選で各選手に割り当てられる。そこからが各選手の腕の見せどころだ。満潮干潮などによる潮の流れ、海水温、水圧などいろいろな要素が絡み合い、スピードの出方が変わる。新人の粟田さんにもその感覚は肌で分かる。

整備や調整 似通う感覚

選手はレース環境を分析しながら、エンジンの整備とプロペラの微調整を行う。競艇場の整備室にはいろいろな工具があり、「ガソリンや油の匂いが漂って高専の教室に似ている」(粟田さん)。

機械いじりなら高専で経験している。昔取った杵柄(きねづか)かと思ったが、現実は容易ではない。「微妙な変化は分かりますが、どう修正していくかは、まだ経験不足です」と素直に語る。

1分で約6800回転するプロペラ。軸に近い方は分厚く、先端は薄くなる。木と樹脂の2種類のハンマーでプロペラをたたき、微調整を繰り返す日々だ。もっとも、原理原則は高専でたたき込まれているから、物覚えは早いに違いない。

今年3月に開かれたボートレーサー養成所の「修了記念競走」。選手紹介のパンフレットに、粟田さんの教官はこんなコメントを寄せた。「研究熱心であった。まじめな性格で考えすぎてしまうタイプ(中略)時には強引さも大事だぞ」。今の高専生像を言い表しているようでもある。

粟田さんにこんな質問をぶつけてみた。「高専で学んだことは競艇で役立ちそうですか」

「流体力学や水理学は多少なりともいかせるだろうと思います。プロペラについては研究してみたいです。(高専にいたからこそ)人とは違う考え方ができるかもしれません」。競艇界に新たなイノーべーションが起きそうな予感がする。

さて、5月デビュー後の戦績はどうか。勝負の世界は厳しく、5着、6着が目立つ。ほろ苦い戦いが続いているが、粟田さんは快く取材に応じてくれた。「自分が決めた人生だから」と。そして高専生にはこうエールを送る。「妥協せずに自分のやりたいことを見つけてほしい。そのための努力は必要だと思います」

取材を終えて別れ際に握手をしたら右手の人さし指の手元の手のひらに小豆大ほどのマメがあるのが分かった。「右手でハンドルを操縦するので」と笑顔に。マメの硬さが勝利をたぐり寄せるに違いない。目指すは競艇界の頂点だ。

高専出身者の活躍の場は何も産業界だけに限らない。スポーツから文化芸能まで幅広い分野に進出しているが、高専独自の教育環境によるところも大きいようだ。

高専は少人数教育で教授陣の目も行き届きやすい。教授は学生の自主性を重んじながらも、5年の在学期間を通じ、将来の相談に親身に乗る。良き教育者が良き高専生を輩出する風土の中で、高専生は自身のキャリアを模索し、それぞれの能力を引き出している。

(編集委員 田中陽)

[日経産業新聞 2018年7月4~5日付]

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