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フィギュア変えた勝負師 羽生選手に国民栄誉賞

 2月の平昌冬季五輪で66年ぶりにフィギュアスケート男子を連覇した羽生結弦(ANA)が2日、27人・団体目の国民栄誉賞受賞者となった。23歳での受賞は個人では最年少で、冬季スポーツでは初めてだ。(原真子)
平昌五輪フィギュアスケート男子フリーで演技する羽生選手(2月17日)=上間孝司撮影

「すべてを征服したいって思うんだよね。野球に関してだけは」。国民栄誉賞第1号、世界の本塁打王の王貞治さんから聞いたことがある。一番になった喜びすら譲りたくないから、そのための労は惜しまない。

このギラギラした欲こそアスリートの本能で、その勝負にかける姿は美しい。フィギュアスケートで、それをはっきり見せたのが羽生だろう。練習仲間のハビエル・フェルナンデス(スペイン、平昌五輪銅メダリスト)が語るように「結弦はいつも一番でいたい人」。これこそが66年ぶりの偉業を成し遂げた原動力だ。

常に上を目指す姿は、男子フィギュアも変えた。かつては「ルールの中でどう自己表現するか」により重きを置く人が多かったと思う。採点競技は審判によって傾向が変わり、自分でどうにもできない部分が多いからかもしれない。

一方、羽生は自己表現に加えて勝つことを明確に意識し、「ルールの中でどう戦うか」という視点を前面に出した。折しもシニアに上がった2010年、4回転ジャンプに挑戦しやすくなるよう、基礎点が上がり、回転不足の減点幅が小さくなるルール変更がなされた。新しいルールの浸透とともに、羽生はジャンプの質を上げていった。

他の選手も上に行くには、難度の高いジャンプに挑むしかない。各選手が試合で様々なジャンプを試し、互いの力量を見極め、シーズンで一番大きい大会に臨む。かつてないほど男子フィギュアはスリリングな競技になった。特に羽生が勝利にかける気迫は、一打逆転の場面で打順が回ってきた4番打者のようで、観客をゾクゾクさせるオーラがある。それは高い演技構成点にも反映された。

今季は再びルールが改正され、ジャンプの基礎点が下がった一方、ミスした際の減点幅は上がり、4回転を跳ぶリスクが上がった。「もともと難しいジャンプを跳ぶタイプじゃない。スピンも表現も(重視して)全部でプログラムを作るタイプ」と1年以上も前に話していた羽生。再び変わったルールの下でどう戦うか。新たなスタンダードをつくるのも彼なのだろう。

オーサー氏「歩み止めず、未知の領域」

フィギュアスケートの五輪王者が現役を続けることはまれだ。続けるにしても休養をとる。しかし、結弦はソチ五輪後も歩みを止めなかった。そんな選手は見たことがなく、それ以降はコーチの僕にも未知の領域で手探りだった。

6年前に初めて会った時の結弦は目立ちたがりで夢あふれる、スケートを愛する少年。僕はほかの選手同様、結弦に練習スケジュールを指示し、基本的な訓練を徹底させた。

平昌五輪の男子フリー直前、談笑する羽生選手(右)とコーチのブライアン・オーサー氏(2月17日)

しかし、時とともに選手、そしてコーチとの関係も変わる。ハビエル・フェルナンデスは今も常に、僕らに(演技の)方向性や練習でアドバイスを求める。一方、結弦は自分の考えがあり、全てを自分でコントロールしたい。あれこれ指図する必要がないタイプだ。

昨秋、足首をケガした時も、経過報告は随時受けたけれど、メンタルトレーニング、治療は彼の責任でやっていた。でも、ケガした直後、僕は一つだけ言った。「世界最高得点での優勝は無理でも、五輪の連覇を目標にするなら間に合う。夏の時点で五輪に出られる状態まで仕上がっていたから、短期間で戦える状態に戻るよ」と。それが結弦に希望を与えたと思う。いつもは出遅れると、埋め合わせようとしゃかりきになる結弦が、周囲の意見を聞き、ゆっくりと段階を踏んでいた。

彼を通じて、選手にはいろいろなタイプがいると、改めて学んでいる。コーチの仕事は、選手たちがやりたいことができるツール、スケートの基礎を与えることだって。それを使って、選手に個性を羽ばたかせてもらえればいい。

この6年で結弦には環境の変化もあった。ソチ後、急激にスター、僕には理解も及ばないようなレベルのスターになった。多くの人、ファンの人生に影響を与えているし、不可能な期待もたくさんかけられる。

そんなスターの立場を結弦は理解し、責任も自覚している。神様が、「スターという地位との付き合い方」という才能も与えたんだと思う。

プレッシャーは相当だろう。練習拠点のトロントでの結弦は常に「オン」の状態だ。まず第一に「素晴らしいスケーター」でなければいけないのだ。練習一色で、(日本より人目のないカナダでも)誰かと遊ぶこともほとんどないし、あまり人と関わらない。

6月、神戸でのアイスショーのリハーサルで、昔のように、他のスケーターとはしゃぐ姿を見てうれしかった。「楽しい時間を過ごしているんだな」と。今、結弦にそんな時間はほとんどないから。

疲れもあるだろうに、3月末には現役続行を正式に告げてきた。驚いたけれど、予感はあった。彼は勝つことが好き。スケートで競うことが彼の血に流れている。それが羽生結弦という人なんだ。

 ■スポーツ選手の受賞 羽生の前に国民栄誉賞を受賞したのは25人と1団体。スポーツ選手は1977年の王貞治(プロ野球)を皮切りに10人と1チームが受賞した。野球4、相撲2、レスリング2、陸上と柔道が各1に、サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」になる。ちなみにイチロー(大リーグ)、福本豊(プロ野球)は辞退した。
 「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったもの」に贈られる国民栄誉賞だが、表彰者は内閣総理大臣。世情に左右される傾向は否めない。77年からほぼ3年に1人は受賞者が出ていたが、2001~08年はゼロ。しかし、09年以降は一転、頻繁に授与され、11件(うちスポーツ界が5人と1団体)がこの期間の表彰だ。

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