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「コーチ」で迎える高校野球100回目の夏

この春から高校野球の指導を始めた。3日間の研修を受けてアマチュアの指導資格を回復し、弟が監督をしている母校の日大藤沢高(神奈川)で月3~4回、投手を中心に教えている。今年の夏の甲子園は節目の100回目。地方予選からいつにも増して注目している。

32年間のプロ生活を通じ、才能に恵まれ、実力がありながらけがに泣かされた選手をたくさん見てきた。私は幸い、肘にも肩にもメスを入れずに50歳まで投げられた。体のつくりは一人ひとり違うが、万人に共通する「けがをしにくい投げ方」はある。少しでも多くの選手にそれを伝えたいという思いがある。

選手の信頼に値するように

現役時代も後輩たちにアドバイスはしていた。しかし「コーチ」の肩書がつくと責任感が違う。純粋な高校生たちは素直に話を聞いてくれる。質問をしてくれたり、自分の考えをぶつけたりしてくれれば、それもうれしい。いまの高校生は昔より技術がしっかりしているし、練習も洗練されている。野球についてもよく考えている。信頼に値するコーチであるために、いくつか心掛けているポイントがある。

第100回を迎える全国高校野球選手権の南北海道大会室蘭地区大会の開会式(6月23日)=共同

まずは強要しないこと。「これをこうしなさい」と押しつけるのではなく、「私はこう思うけれど、試してみないか?」というスタンスで接する。合わなければ捨てればいいし、すぐにモノにできなくてもいい。「そういう考え方もあるのか」と心の引き出しにしまっておいてくれれば十分。引き出しのストックは後々、壁に当たったり、不調に陥ったりしたときにふと役立つことがある。

変えられること、変えられないことの線引きも大切だ。すべての選手のフォームには何かしらのクセがある。余計なクセは極力なくす方がいい。しかし、すべてのクセを直そうとしてはいけない。それをいじるとすべてがバラバラになり、長所まで消えてしまうクセというものがある。田中将大や大谷翔平のフォームでさえ100点満点ではない。それでも細かい欠点を補ってあまりある長所がある。手をつけていいところと悪いところ。経験則に基づく判断は指導者の大切な役割だろう。

私が理想とする指導は「1つ言って2つ、3つ直る」というものだ。現役時代に通っていた鳥取のトレーニング施設「ワールドウィング」の小山裕史先生がそうだった。膝の動きを指摘され、それを変えたら手の動きまでよくなっていたというようなことがあった。こうした指導は体の連動性を熟知していればこそできる。ワールドウィングに20年間通った身としては、少しでもその領域に近づきたい。

最近は親御さんも熱心だ。私の高校時代は練習試合を見にくるケースは数えるほどだったし、見られるこちらも恥ずかしかったが、いまは客席が埋まるほど応援にくる。一家を挙げて息子の野球を応援してくれるとは素晴らしいことだ。

仲間とのかけがえのない絆

ご家族にはぜひ、選手が3年間を完走できるように後押ししてほしい。たとえレギュラーになれなくても、3年間、同じ釜の飯を食った仲間とはかけがえのない絆が生まれる。クラス会がなくなっても続くのが野球部のOB会だ。私も毎年顔を出し、旧交を温めている。

高校時代の監督や先輩、仲間との出会いがなければプロ野球選手になることもなかった。甲子園出場はかなわなかったが、願わくは、高校生に戻ってあの仲間たちともう一度野球をしたい。高校時代の3年間は、卒業から35年を経ても私の宝物であり続けている。

(野球評論家 山本昌)

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