ロートの副業解禁「優秀な人の会社囲い込みは社会悪」

創業117年目の新人事制度として「副業兼業解禁」をうちだしたロート製薬。その狙いは何か? 老舗の4代目にして最高利益を記録し続ける山田邦雄会長兼最高経営責任者(CEO)に、前回の「働き方改革の原点は社員の呼び名 ロート社長の挑戦」に引き続き、副業兼業のメリットとデメリット、未来へのビジョンを伺いました。
新規事業には突き抜けた人の力が必要
白河桃子さん(以下、敬称略) 2016年に「社外チャレンジワーク」と「社内ダブルジョブ」という副業と兼業の両制度を制定されました。どんな狙いがあったのでしょうか。
山田邦雄会長(以下、敬称略) あれこれ新規事業をやってきた経験からいうと、事業のアイデアを思いつくのは、そんなに難しくないんですよ。もっといえば、同時に100人くらいは、同じようなことを何らか思いついている。ところが突き抜けて形になるのは1つや2つしかない。結局は人次第。人の熱意と努力です。
逆にどれだけチャンスがあっても、うまくそれをこなせる人材に恵まれないと、「ああ、せっかくええとこ狙ってたのに」と残念な状況になる。新規事業に出ていこうと思ったら、結局はいい人に巡り合えるかどうかなんです。
白河 人づくりからと、いま政府も言っていますけど、企業の中でも人をつくる、そのためには副業や兼業が貢献すると思われたんですね。
山田 もっと大きな話をすれば、日本は人口減少ですし、一部にはキラキラと光っている若者軍団もいるけれど、大勢は受け身だったりする。その一部のイケイケ人材をどこかの、特に大手企業なんかが囲い込んで、しかも「活用できていない」のは「社会的悪」だと思うんですよ。最近ちょっと景気もいいですから。大手さんが数百人単位で採用する。それでは日本の社会はなり立たないですよ。
白河 オールドエコノミーVSニューエコノミーでいえば、創業100年を超える企業のロート製薬が、非常に先進的な考えを持っているんですね。
山田 僕らはオールドエコノミーになってもいかんなと一生懸命やっていますよ。その優秀な人たちは一人二役どころか500ぐらいやらないと世の中が回らないんだから。副業解禁というのは、一つの箱に押し込めておく制度そのものがこれからの日本では成立しない、そういう時代を見越した制度です。
副業は徐々に浸透していけばいい
白河 副業というと、ハードルとしては情報漏洩とか、働きすぎとか、できない理由ばかりあげる企業も多いです。
山田 制度としては細かく設計できないので、試行錯誤しながら、社員の活躍パターンを開発中です。すでに大学の非常勤講師もいます。将来は小中学校の教員とか。週に1コマ、2コマ、現役の社会人が教えたほうがいいということもあるでしょう。
白河 最初の年は副業に66人の応募があったそうですが、どんな成果が出てきましたか?
山田 そこは焦らず徐々にでも浸透していったらいいと思っています。例えば、地ビールづくりをやっている人がいる。これは結構本格的です。これから出てくるものも含めて、もしかしたら半分出資してもいいぐらいだし、また飛び出して社内発ベンチャーになってもいい。いろいろなパターンがあっていいんです。今は空き時間にやってもらっていますが、将来には週3日が副業ということもあるかもしれない。
白河 やってみて、これはやめてもらった方がいいかなと、明らかになったことはありますか。
山田 本人もしんどいと続かないので「いっぺん休んだら?」ということはある。定期的に「どうですか」と様子も見ている。社内ベンチャー公募だと、どうしてもプランありきになるんですが、副業だと「やっぱりやりたいからやる」のであって、ある意味本物なんでね。特殊な例としては、ドクターで社員の方が「臨床医として週1日はどうしても患者さんの前に立ちたい」という。彼の場合、1日は病院の先生で。あと4日はうちの仕事ですね。
農業・漁業・地域おこしや社会貢献も
白河 それが許されるんならと新たに優秀な人材が入ってきますよね。

山田 東日本大震災に支援チームを出して、現地で志を持って活動する若い方々と出会ったことも、副業制度のきっかけになっています。これからは、農業とか漁業、地域おこし、社会貢献なども可能性があるし、会社の仕事としても重要になる。例えば、半分農業やって、営業の仕事もやりますという人がいてもいい。企業としても国としても、可能性が広がるし、そうしないとインフラも維持できない。今の世の中はまだ工業化で右肩上がりに最適化されたシステムのままなのでね。
白河 そのシステムをリノベーションすることが働き方改革ですよね。そして、やっぱりフォーカスするのは人。外国人人材の受け入れもなさっているそうですね。
山田 今は研究職中心で10人ぐらい。じわじわと増やしていくつもりです。うちのメンバーもたどたどしい英語でやっていたんですが、いずれ慣れてくるし、向こうの人のほうが1年もすると日本語でいけるようになる。
社内兼業はマネジメントに刺激
白河 社内での部門の兼業はどうでしょう。上司の方の反応とか。
山田 上司はやりにくいと思いますよ。部下をこれまでの枠にはめて、抱え込んでいたら、どんどんダブルジョブで逃げていきかねない。「ちょっとまって、うちの仕事は面白いぞ」としないといてくれない。仕事についても丁寧に説明するようになる。
ただ、社内の兼業は調整が大変です。人事の仕事をダブルジョブしたいと希望があったら、担当間で調整して20%はこちらとか、決めないといけない。たとえ10%でも視点の違う仕事をすると刺激になるのでやるメリットはある。マネジメントも人を囲い込めないとなると、やり方を変えないといけない感じになる。
白河 マネジメントに危機感を与える刺激にもなるわけですね。兼業したら評価はどうなるのですか?
山田 兼業している部門がそれぞれ評価をして、それをすりあわせています。ダブルチェックして、相談する感じですね。経験の無いことなので、容易ではありません。
大変なことも含めて、頭を使うことに意義があります。従来通りのマネジメントスタイルではやっていけないとなれば、変わっていかざるをえない。ピラミッド組織だと末端にいくほど、決まっていることをこなす仕事になっていくでしょう。個人個人が仕事を組み立てて、それが成功して全体的に流れていく、そういうふうに変えていきたい。
白河 もっと自律的な、個の組織にしたいということですか。
山田 ある程度大きな組織は、新入社員の心得とか決め事がないと収拾がつかない。だけど一人一人の成長のための最適化をしているか、といったらそうでもないと思うんですよ。一番感受性の高いころに、上からとにかくやれという仕事の仕方はどうなんだろうかと。
知的好奇心を持たず、先輩も上司も意見を聞いてくれない、もう考えない方が楽という仕事なら、大卒から大手よりも、また別の生き方もありますよって盛り上げていきたい。
研究をとことんやるとか、地球の隅々まで一遍行ってみるとか。地域おこしを一生懸命やってみるとか。いろいろな経験をやってから組織に入ったら、簡単には会社の歯車にはならない。今のままだと「企業栄えて、国滅びる」になってしまいます。
過去が悪かったじゃなく、過去は過去でそれでやってきたんだからいい。しかし未来を考えると、過去のままのそれが良いというケースはむしろまれであって、変わっていくしかないと思います。
白河 本日はありがとうございました。

あとがき:山田会長は生物学者になりたかったそうです。彼の経営戦略は会社を生物や生態系のように見ているのかもしれません。シャーレの中にぽとんと何かを一滴落として、中のものがどう動くか、まるで壮大な実験をしているよう。そう話すと「人間の体って、結局なんやねん、まだよくわからないんですよ。だから、そういう意味ですごい複雑。組織も工業機械モデルよりは、生物モデルのほうが適合すると思います」とおっしゃった。
100年企業を変革するには、組織の反応とバランスを見ながらあれこれ手を打っていくことが重要。しかも、じわじわと効く漢方薬のように。そんな長年にわたる『働き方改革』のモデルを見せていただきました。

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