米IT人材難で脚光、スタートアップの研究支援技術 - 日本経済新聞
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米IT人材難で脚光、スタートアップの研究支援技術

IT(情報技術)企業の間で過激化しているのが、「STEM(科学、技術、工学、数学)」と総称される理系人材の争奪戦だ。優秀な人材には1億円もの給与を支払うと表明する企業まで現れた。優れたIT人材の不足を解消する手段として注目されるのがネットワーキングサービスや3Dプリンター、仮想現実(VR)などの技術だ。米国では独自のサービスや技術を提供するスタートアップ企業との連携が相次いでいる。

研究開発分野では優れた専門家を見つけるが非常に難しい。だが今では企業はソフトウエアを使って世界中の優秀な人材を活用している。

データサイエンスや金融分野の埋もれた人材と企業をつないでくれるのは、米Kaggle(カグル)や米Quantopian(クワントピアン)、米Numerai(ニューメライ)だ。こうしたネットワーキング・サービスは「クオンツ分析」をクラウドソーシングし、研究協力者を補ってくれる。この仕組みは既に医薬品の研究開発で人気が高く、他の分野でも増えつつある。

米Science Exchange(サイエンス・エクスチェンジ)など、ニーズに合った研究機関を紹介してくれるサービスも様々な分野の研究開発で使われている。企業は研究開発を外部委託することで即戦力の人材不足をすぐに解決できる。

もっとも、優秀な人材を確保できている企業でも、仮説検証の手順には改善の余地がある。仮説検証を繰り返す時間を短縮できれば、短い時間でより優れた発見が可能になるからだ。

ロボットと3Dプリンターで製品開発を加速

3Dプリンターを活用している企業の最優先課題は、製品の開発速度を上げることだという。さらに、3Dプリンターを使う作業のうち、新製品開発の第1段階にあたる試作品づくりなどが占める割合は57%に上ることが、3Dプリンターメーカーが最近実施した調査で明らかになった。

3Dプリンターはすでにどの設計スタジオでも欠かせない存在になっている。これを使えば、実際の部品を何千個も発注する前に、製品の様子を確認できるからだ。

同様に、ロボットも多様な分野の試行錯誤の工程を自動化してくれる。

例えば、合成生物学の研究開発では、酵母菌からニーズに合った化学物質を開発する米Zymergen(ザイマージェン)や米Ginkgo Bioworks(ギンコ・バイオワークス)などが、ロボットの恩恵を受けている。最適な微生物を発見するには最大4000種もの変種を同時に検証しなくてはならないため、大量の実験が必要になる。

液体分注ロボットを使えば、自動ピペット(液体の計量器具)やロボットアームが生産性の高い実験を効率的にこなし、人的ミスも減らせる。

写真は遺伝子診断を手がける米Counsyl(カウンシル、左)のサンプル移動ロボットと、ザイマージェンで微生物の培養実験に使われるピペットロボット(右)だ。

材料科学もコンピューター分野では重要な位置を占める。例えば、米インテルや韓国・サムスン電子などの半導体メーカーの研究開発費は世界でもトップクラスだ。その一因が半導体の微細化に伴い求められるようになったナノレベルでの作業にある。人間の能力を超えた精密さが必要になり、ロボットの方が好ましい選択肢となっているからだ。

微小なレベルで正確に処理するために、科学ツールの自動化は進み、精密さも増すだろう。

AIで材料科学分野での発見を効率化

「私は失敗したことはない。うまくいかない1万通りの方法を見つけただけだ」。トーマス・エジソンの有名な言葉は、材料科学を消去法として示したとも言える。

エジソンの精神は今の研究開発機関に受け継がれているが、研究開発はデジタル化やソフトウエアへの対応が意外に遅れている。実際、全米科学アカデミーは、新たな材料の開発はあらゆる新製品開発の中で最も時間がかかると述べている。これらをデジタル化することは今後、新製品や材料を開発し、量産化する上で極めて重要になるだろう。

医薬品開発へのAI(人工知能)の活用が進んでいる。従って、AIスタートアップ企業への投資が最も盛んなのは医療分野だ。

製薬会社は米Recursion Pharmaceuticals(リカージョン・ファーマシューティカルズ)や米twoXAR(トゥーザー)などの創薬スタートアップに多額の資金を投じており、これが他の分野にも波及するのは時間の問題といえる。

化学と材料科学に取り組む企業の一例は米Citrine Informatics(シトリン・インフォマティクス)だ。同社はAIを活用した大規模な材料データベースを運営し、組織が製品開発や生産で一定の成果を出すまでの期間を半分に短縮できるとしている。米Deepchem(ディープケム)は化学にディープラーニング(深層学習)を採り入れたパイソン(Python=プログラム言語の一つ)ライブラリを開発している。

バイオ、医薬品、自動車、電子工学など様々な分野のメーカーは、競争力を保つためにロボットによる自動化と3Dプリンターを駆使している。

3Dプリンターでは、複合素材を開発し製品化するスタートアップ企業が既に現れている。米MarkForged(マークフォージド)は炭素繊維複合材を採用し、中国の摩方材料(BMF)は希少なナノ構造やユニークな物理的特性を持つ複合材を開発している。将来は、研究開発での発見をAIに頼るようになるだろう。

ARとVRでモデル作りが不要に

現時点では、あらゆるタイプのメーカーがCAD(コンピューターによる設計)ソフトウエアを使って試作品をつくっている。未来の製造プロセスでは、研究開発におけるAR(拡張現実)とVRの役割が高まり、工業デザイナーはデスクトップパソコンをすっかり無視し、3Dプリンターでつくったモデルは不要になる可能性がある。

ソフトウエア「Auto CAD」を開発した米Autodesk(オートデスク)は、未来の試作品づくりと連携技術をリードしている。同社はAIを活用した創薬スタートアップの米Atomwise(アトムワイズ)と「極秘プロジェクト」で提携するなど、3Dプリンターをはじめとする最先端技術に重点投資している。

VRゴーグル「HTC Vive」「オキュラスリフト」はオートデスクのゲームエンジン「Stingray(スティングレイ)」に対応し、ゲーム・VRのエンジンメーカーUnity(ユニティ)は、互換性を高めるためにオートデスクと提携する方針を明らかにしている。

米アップルも、ARやVRと3Dプリンターを組み合わせれば、設計プロセスを効率化できると考えている。同社はARを使って実際の物体に「コンピューターで生成した仮想情報を重ね合わせ」、工業デザイナーが3Dプリンターを使って既存や未完成の物体を「編集」する技術で特許を取得した。

この特許では「半透明ガラス」の利用を想定しつつも「カメラを搭載したモバイル機器」にも触れており、アップルのスマートフォン「iPhone」に搭載されているAR開発ツール「ARキット」を使って3Dプリントができるようになる可能性を示唆している。

米コーネル大学のある研究者はこのほど、ARやVRで描いたスケッチを3Dプリンターで形にする機能を実演した。やがて人間とコンピューターがスムーズに連携し、立体モデルをすぐにつくれるようになるだろう。

今後もARやVRについての研究や、これを3Dプリンターや従来の試作品と組み合わせた場合の仕組みについての検証が進むとみられる。

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