2019年5月26日(日)

物体の動きで答えを出す タコ足コンピューター
日経サイエンス

コラム(テクノロジー)
2018/6/30 6:30
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日経サイエンス

水槽に入れた白いタコ足のような物体を、根元のモーターで右へ、左へと振ると、身をくねらせ、踊るように揺れた(写真)。中に埋め込んだ10個の曲がりセンサーの測定値を足し合わせた値が画面に表れる。数分後、画面のグラフはある計算の答えを正確に描き始めた。タコ足が計算のやり方を「学習」したのだ。

タコ足を振ることで起きる複雑な動きを使って計算を実行する

タコ足を振ることで起きる複雑な動きを使って計算を実行する

■物理的な動きで計算

タコ足のように軟らかい物体に、根元を振るという「入力」をすると、各部には「非線形」と呼ばれる複雑な応答が起きる。それをセンサーで検知して適当な係数を付け、すべて足し合わせ「出力」を得る。この入出力を実行させたい計算の見本データと比較し、正しい答えが出てくるように係数を調整する。これが学習のプロセスだ。

センサーの測定値をもし式で書いたら、過去の入力や各部の動き、足の重さや硬さなどを含んだ、極めて複雑な式になるだろう。10個のセンサーの測定値の係数を見つけるというのは、10個の非線形の式を組み合わせ、目的に合った式を作るのと同じ意味を持つ。

リアルな物体に起きた様々な動きから、目的にあったものを引き出して組み合わせるこうした計算方法を「物理的リザバーコンピューティング」と呼ぶ。いわば物体そのものが持つ計算能力を利用する計算法で、機械学習を実装する新たな方式として注目を集めている。

タコ足を振ったときに起きる複雑な応答をセンサーで検出。その測定値を足し上げ、重みを表す係数を調整することで、タコ足に計算方法を学習させる

タコ足を振ったときに起きる複雑な応答をセンサーで検出。その測定値を足し上げ、重みを表す係数を調整することで、タコ足に計算方法を学習させる

最大の利点は、生物の体や物体を使って計算ができることだ。たとえばタコのようなロボットを作れば、その体の応答を使って計算し、目的の作業をこなすための学習ができる。係数の調整は比較的簡単なので、CPUを使わず、電気回路でも実行できる。省エネルギーでCPUも食わない。宇宙探査ロボットなど、供給エネルギーが限られた場所で使うシステムへの応用が期待されている。

■体の軟らかさがカギ

物理的リザバーコンピューティングは、金属ロボットのような硬い体ではうまくいかない。軟らかく変形する体でないと、入力への複雑な応答が起きないため、学習できないのだ。軟らかいロボットはこれまで、動きが複雑になり制御が難しいことが課題だった。だが「軟らかさは、実は制御のハードルではなくリソースです」と、タコ足計算機を作った東京大学の中嶋浩平特任准教授は話す。先ごろスイスのチューリヒ大学のグループと共同で、4本足のロボットの背骨の一部を軟らかい高分子の背骨に替え、リザバーコンピューティングによって様々な歩行パターンを学習させられることを確かめた。

実際の物体が計算の主力を担う物理的リザバーコンピューティングは、その物体の大きさや形、動きによって個性が生じ、計算能力が変わってくる。それは同じ人間でも、筋肉の付き方や動き方が違い、サッカーが得意な人もいれば、高跳びに強い人もいるのに似ている。

「生物は進化の過程で、その環境における生存に役立つ計算を効率的に実行できる体の構造を獲得した」と中嶋特任准教授はみる。物体に備わる計算能力を可視化するリザバーコンピューティングは、脳と体、計算能力と物体のつながりをあぶり出す。機械学習に役立つのみならず、生物や物質を理解する新たな切り口にもなりそうだ。

(詳細は25日発売の日経サイエンス8月号に掲載)

日経サイエンス2018年08月号

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出版 : 日本経済新聞出版社
価格 : 1,440円 (税込み)

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