アトツギ創業、事業構想大学院大学で学び直し

2018/6/14 11:30
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後継者不足や事業低迷で、多くの中小企業が休廃業の危機にさらされている。そのなかで「アトツギ創業」を量産する教育機関がある。学生は全員社会人の事業構想大学院大学(東京・港)だ。2012年に開学。修了生の2割は中小の後継者だという。法務や財務分析といった経営スキルではなく、事業モデルを変える発想力が養われたと彼らは口をそろえる。

■発・着・想をたたき込む

活魚を眠らせて運ぶ水産機器や室内で使える洗髪機――。仮設資材レンタルの日建リース工業(東京・千代田)の関山正勝社長(50)は、創業から半世紀たつ企業のトップという立場とは別に、新事業を自ら生み出すイントラプレナー(社内起業家)の顔を持つ。

創業者の次男で、会社を継ぐのは想定外だった。家族誰もが後継者と考えていた兄が急逝したため、勤めていた銀行をやめ、97年に入社した。取締役で工場の生産改善に取り組んだ後、12年に社長となった。

17年9月期の売上高は724億円と業界大手。だが、人口減少の影響を受ける仮設資材レンタルは成熟市場だ。停滞を避ける方策を思案するなか、事業構想大学院大学の存在を知る。学び直しを決意し、14年に3期生として入学した。

「発、着、想をたたき込まれた」と関山社長は「ミドル学生時代」を振り返る。自分でひらめく「発想」、アイデアの源が外部にある「着想」、考えを練る「想像」だ。

外によい情報がないか常にアンテナを張りめぐらせ、情報をつかまえたらすぐ行動する。九州の会社で活魚麻酔を開発した新聞記事を見ると、すぐにその会社に接触。魚を安全に鮮度良く輸送できる装置を作り、今年2月に発売した。

使い終わった仮設用鉄柱を使って、車いすで作業できる高床式農園を5月に開設するなど、挑戦は続く。「会社の成長のため、創業者の思いを否定するアイデアもいとわない」と決意は固い。

事業構想大学院大学はマーケティング関連の出版・教育会社、宣伝会議(東京・港)の東英弥代表らが中心となって、2012年に設立された。東氏自身が宣伝会議をはじめ、これまで10社以上起業して経営してきた連続起業家で、新たな事業を構想できる人材を全国で育てることが重要との思いから、5年がかりで文部科学省の認可を取り付けた。

専門大学院として開設当初の定員は30人だったが、今年4月に大阪と福岡にも開校して70人となった。修学は2年間で、修士論文の代わりに新事業の構想を記した事業構想計画書を提出して学位「事業構想修士」を得られる。授業は平日夜と土曜日。マーケティングや事業開発のゼミのほか、年間150人超のゲスト講師の講義がある。

「喉の市場は小さくない。自分で大きくすればいい」。5月16日夜のゲスト講師は、龍角散の藤井隆太社長だった。借金も一緒に継承して薬品事業を絞る一方、喉に関する新商品を相次ぎ打ち出して経営を再建したという「実録教本」の熱弁を、ネット中継も使って東京、大阪、福岡の学生が熱心に聞いていた。

■赤坂の料亭を外国人宿泊施設に

同大学の修了生は延べ約150人。東京急行電鉄オリエンタルランドなど大企業の新規事業開発者や、地域振興を図る自治体職員がいる。

なかでも事業承継者は全体の2割を占める。「先代の事業をそのまま続けては立ちゆかない危機感を持つ承継者は多い。新事業を生み出す考え方を獲得しようと、経営者兼学生になる人が増えている」。学長の田中里沙氏は指摘する。

宿泊施設を運営するコーテリー(東京・港)の河津考樹代表(40)も、そのひとりだ。東京・赤坂で料亭だった建物を外国人宿泊施設に替えた。

実家は名古屋市で不動産業を営む。米ボストン大学を卒業後、金融機関などでアセットマネジメントなどに従事したのち、家業に入ったが「金融しか知らなかったので、新たな発想を得たかった」(河津代表)と、1期生として門をたたいた。

大学ではアイデアから実行に至るプロセスを学んだ。「気づきを拾い出して集める。リスト化した上で、そぎ落とし、残ったものが新事業で使えると教わった」

不動産につながる事業をしたい。趣味は旅行で世界をまわった。英語も対応できる。市場も成長しそうだ。気づきを整理し導かれたのが、外国人宿泊施設だった。和の雰囲気を味わえる施設は少なく、単価が高くても客はくると読んだ。

定員46人の施設として15年に開業。宿泊単価は平均4500円と、都内の安い施設の2倍以上だが客室稼働率は93%を誇る。来年中に2店舗目を開業する計画だ。

新事業を作るだけが事業継承ではない。地盤改良工事のSOEIホールディングス(東京・新宿)の若山圭介社長(43)は修了後、祖業のイメージチェンジに動いた。

銀行員だった若山社長がSOEIHD(当時は双栄基礎工業)に入社したのは31歳の時。創業者の義父は入社直前に亡くなり、いきなり社長として登板となった。5年で業績回復を果たしたが、「持続できるか不安を持つようになった」。

事業構想大学院大学で学び直し、業界の現状を洗い出すうちに、一番の不安要因は働き手だと気付く。技術者の高齢化が深刻で、新事業を作るより、本業で若い人が集まる体制にすることにカジを切った。作業服のデザインを一新し、会社のロゴも変え、今年4月には職業訓練校を開設した。

15年から毎年15人前後を新卒で採用。現在のグループ従業員250人のうち、新卒は3割を占めるようになった。

経営改革に正解はない。ただ、迷ったときに学び直し、祖業の改変に踏み込むトップの柔軟な姿勢がアトツギ創業の共通項。その場を提供する事業構想大学院大学は貴重な存在といえる。  (榊原健)

[日経産業新聞 2018年6月12日付]

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