江戸の恋と笑い 対照の妙 大阪で2絵画展(もっと関西)
アート

2018/6/1 17:07
保存
共有
印刷
その他

恋か、笑いか――。くしくも大阪・天王寺周辺の二つの美術館で、対立するテーマの絵画展が開かれている。いずれの展覧会も江戸期の作品で構成。どちらも人間性に深く根ざすテーマだけに、片方だけ見て満足するには惜しい内容だ。

あべのハルカス美術館で展示される鈴木春信「浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花」(1769年、ボストン美術館蔵、Photograph (C) MFA, Boston)

あべのハルカス美術館で展示される鈴木春信「浮世美人寄花 笠森の婦人 卯花」(1769年、ボストン美術館蔵、Photograph (C) MFA, Boston)

■大衆芸術に変容

あべのハルカス美術館で24日まで開催中の「ボストン美術館 浮世絵名品展 鈴木春信」は、江戸中期の美人画の大家、鈴木春信の作品を中心に150点を展示している。

しなを作ったスレンダー美人が、小さな茶わん二つを載せた盆を片手に、着物の裾をすこしはだけさせながら、「あれ」と縁台にのった文に視線を落とす。恋文だろうか。

「浮世美人寄花(うきよびじんはなによす) 笠森の婦人 卯花(うのはな)」(1769年)は、東京・谷中の水茶屋「鍵屋」の看板娘、お仙を描いている。

鈴木春信「見立三夕 『定家 寂蓮 西行』」 宝暦(1751-64)末期 ボストン美術館蔵
Photograph (C) MFA, Boston

鈴木春信「見立三夕 『定家 寂蓮 西行』」 宝暦(1751-64)末期 ボストン美術館蔵
Photograph (C) MFA, Boston

お仙は当時、江戸では評判の美貌だった。美人といえば吉原の遊女が雲の上のスター扱いだったが「この絵はいつでも会える、いわばAKB48のようなブロマイドとして売れたようです」(あべのハルカス美術館の藤村忠範主任学芸員)。

浮世絵は木版画のため、一作一品の肉筆画と違い、刷り増し(複製)できる。これを追い風に、浮世絵は富裕層の愛蔵品から、18世紀半ばごろを機に、大衆芸術へと変容を遂げていく。

鈴木春信「見立玉虫 屋島の合戦」明和3-4年(1766-67)頃 中判錦絵2枚続のうち左、ボストン美術館蔵 Photograph (C) MFA, Boston

鈴木春信「見立玉虫 屋島の合戦」明和3-4年(1766-67)頃 中判錦絵2枚続のうち左、ボストン美術館蔵 Photograph (C) MFA, Boston

「春信はその転換期を生きた絵師。スタートこそ和歌や謡曲を下敷きにした古典教養世界を描いていた。ところが画歴を重ねるうちに、誰もが知る、あるいは行きたがる名所を構図に取り込んだり、人気の看板娘を描いたりと、平準なものへ軸足を移していく。多色刷りが根を下ろす時期の作家でもあり、その後の浮世絵の流れを方向付けた作家」と浅野秀剛・あべのハルカス館長は語る。

■上方・大坂に源流

一方、大阪市立美術館で10日まで開催中の「特別展 江戸の戯画」は「鳥羽絵から北斎・国芳・暁斎まで」と銘打ち、江戸時代の滑稽画の流れをたどる内容。

大阪市立美術館で展示される耳鳥斎「地獄図巻」の「かはうをやの地獄」(1793年、部分、大阪歴史博物館蔵)

大阪市立美術館で展示される耳鳥斎「地獄図巻」の「かはうをやの地獄」(1793年、部分、大阪歴史博物館蔵)

まな板で調理され、串焼きになる川魚商。おろし金ですり下ろされ、麺棒で押し伸ばされるそば好きたち――。

18世紀末、大坂で活躍した耳鳥斎(にちょうさい)の描く「地獄図巻」はとぼけた味わい。鬼はどこか間の抜けた表情だし、亡者たちも責め苦にあえぐというより、観念して身を任せているようだ。

「軽筆鳥羽車」1720年、千葉市美術館蔵(通期展示 、頁替えあり)

「軽筆鳥羽車」1720年、千葉市美術館蔵(通期展示 、頁替えあり)

耳鳥斎は役者絵も多く残した。写実とは正反対に、軽妙な筆遣いで役者の特徴・個性をつかみ、誇張気味にいきいきと描いた。耳鳥斎の系譜は、鳥羽絵というジャンルに根ざす。

鳥羽絵は18世紀前半から関西地方で流行した漫画や戯画を指す言葉で、登場人物はどれも目が小さく、鼻が低く、口が大きく、手足が極端に細長いという共通の特徴がある。鳥羽絵の名は、平安後期の動物たちの世界を生き生きと描いた鳥獣戯画の作者、鳥羽僧正覚猷(かくゆう)に由来するという。

歌川国芳「金魚づくし いかだのり」1842年ごろ、個人蔵

歌川国芳「金魚づくし いかだのり」1842年ごろ、個人蔵

鳥羽絵の機知や特徴は、19世紀になると江戸の画家もこぞって参考にした。「国芳や暁斎といった人気画家の作品がこの展覧会の看板だが、むしろ江戸時代の戯画の系譜が、上方・大坂に源流を持つことに気づいてもらうのが本意」(秋田達也・大阪市立美術館学芸員)

日本人の祖先がどんなものに焦がれ、何におかしみを感じたか。それを確認する意味でも、両展覧会は見応えがある。

(編集委員 岡松卓也)

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]