2018年8月22日(水)

ラクスル、印刷工場を丸ごとシェア
(アントレプレナー) 松本恭摂社長

コラム(ビジネス)
スタートアップ
2018/6/1 6:30
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 ネット印刷のラクスルが31日、東証マザーズに上場した。松本恭摂社長(33)は外資系コンサルティング会社で働いていたときに印刷業界の非効率さに気づき、9年前に起業。自前で工場を持たない「シェアリング」の仕組みを持ち込むことで急成長を遂げた。「仕組みを変えれば世の中がよくなる」を合言葉にネットの力で古くからある産業の変革をめざす。

■いびつな業界を変えたい

 ラクスル株の初値は1645円と公開価格を約10%上回った。終値は1999円で時価総額は550億円だった。

松本恭摂社長 2008年、慶大商卒、A.T.カーニー入社。09年、ラクスル設立。10年4月、印刷通販サービスの価格比較サイトを開設。、13年3月 印刷シェアリングサービスを開始

松本恭摂社長 2008年、慶大商卒、A.T.カーニー入社。09年、ラクスル設立。10年4月、印刷通販サービスの価格比較サイトを開設。、13年3月 印刷シェアリングサービスを開始

 「長期の視野を持つ海外投資家に特に興味を持ってもらえた」。松本社長は上場前に実施した機関投資家向け説明会の感触をこう語る。

 マザーズの新規株式公開(IPO)では個人の購入比率が高くなるのが通常だが、ラクスルでは「5割が機関投資家で、このうち海外が6割を占めた」という。2年ほど前から海外を訪問し「日本の産業構造を変えていく会社になる」というビジョンを伝えてきたことが奏功している。

 松本社長の起業の原体験は大学1年生のときに企画した学生向けのビジネスコンテストだ。100人規模の組織をつくって中国や韓国の学生を東京に送り込み、企業から協賛金も集めた。「ゼロから1を生み出すのは非常に面白い」と感じた。

 「まずは世の中の仕組みを勉強したい」と卒業後、コンサルティング会社のA.T.カーニーに就職。入社直後に金融危機が起こり、大企業のコスト削減を手伝うなかで、印刷が一番削減率の大きいコスト項目であることに気づいた。

 印刷業界を調べると、6兆円の市場のうち、大日本印刷凸版印刷の大手2社で約3兆円を占める一方で、中小企業が約3万社もひしめいていた。「非常にいびつな業界だな」と思うと同時に、ビジネスチャンスだと感じた。2009年9月、新宿御苑近くのオフィスを借りてラクスル(当時の社名はTectonics)を1人で設立した。

 手本にしたのは金型部品通販のミスミだ。同社は中小の金型部品メーカーを集めたカタログを作り顧客に販売するファブレス(工場を持たないメーカー)の事業モデルで成長したことで知られる。「紙のカタログをネットに置き換えることで印刷業界でも同じ仕組みが実現できる」と考えた。

 しかし実績のないスタートアップに協力してくれる印刷所は現れない。そこでまず印刷サービスの価格比較サイト「印刷比較.com」を10年に開始。その後、自らのブランドで顧客から注文を受け、印刷工場に委託して品質を担保する直販モデルへの転換を図った。「空き時間を使えば、工場の稼働率を高められます」。熱意が認められ、東京のある印刷工場の経営者が協力を買ってでてくれた。

■国内ベンチャーでは終わらない

 14年2月にベンチャーキャピタルのWiLなどから約15億円を調達した。WiLの伊佐山元代表(45)は松本氏について「最新技術を追うばかりではなく既存産業の問題を解決することも大事、と力説していたのが印象的」と振り返る。ミスミ創業者の田口弘氏(81)にも会いに行き、株主になってもらった。

 事業の成長スピードは一段と加速する。15年にはオプトホールディングなどから40億円の出資を受けた。印刷に加えて、デザインやチラシ配布など中小の集客を支援するサービスへと進化。15年末には荷主と運送会社をネットでつなぐ物流シェアサービス「ハコベル」を始めた。17年7月にはヤマトホールディングスと資本提携した。

 今後の成長のカギを握るのが技術力だ。ラクスルはIT企業のように多数のエンジニアを抱えており、中小企業の課題を解決するサービスの開発に知恵を絞る。意識するのは米アマゾン・ドット・コムやウーバーテクノロジーズに代表されるようなITを活用して既存産業の変革を迫る「プラットフォーム企業」だ。

 提携する数十の印刷工場に対して、自社が研究開発目的で最新の印刷設備を購入してノウハウを共有したり、設備投資のための増資に応じたりしている。「印刷工場との関係を深め、生産性を上げることが競争力の源泉になる」。18年7月期の連結売上高は前期比37%増の105億円、営業利益は5000万円の黒字に転換する見通しだ。

 課題はグローバル展開だ。15年10月にシンガポールに子会社を設立し、インドネシアやインドの企業に出資した。当時の役員会ではアジア展開について「時期尚早」との意見も出たが、松本社長は「純粋な国内ベンチャーで終わる気はない。(中小企業が抱える)課題はアジアでも同じだ」と力説したという。

 上場で得た資金や信用力を武器に世界に存在感を示せる企業になれるか。松本氏の挑戦はまだ始まったばかりだ。  (鈴木健二朗)

[日経産業新聞 2018年6月1日付]

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