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生々しい殺気、小説の真骨頂 津本陽さん死去

2018/5/28 18:00
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もう30年ほど前になるが、織田信長を描いた本紙朝刊の連載小説「下天は夢か」の取材で、雨中の高速道路を車で走ったときのことだ。前が見えずおそろしいのに、津本さんは恐怖を楽しんでいた。

わずかな運命の狂いで人は死ぬものだ。小説に流れるそんな虚無感の一端をみた思いがした。

戦時中、勤労動員で通った兵庫県明石市の工場で空襲にあい、死体の焼けるにおいをかいだ。剣道をよくし、豚で試す真剣の切れ味をよく語った。生々しい殺気が津本さんの小説の真骨頂だった。

13年勤めた大阪の肥料メーカーは手柄を横取りする上司に嫌気がさし、やめた。生活資金を得ようと株に手を出し失敗、無一文になる。和歌山の生家で不動産業を営み、やくざともはりあった。サラリーマン時代、近所に作家の高橋和巳が住んでいた縁で同人誌に入ったが、最初は改行で一マス下げるのも知らなかった。小説は必死に生きる昭和ヒトケタ世代の生き方の反映でもあった。

直木賞をとったのは40代後半と遅咲きだった。紀州の古式捕鯨を描いた受賞作「深重の海」は、相次ぐ肉親の死に際し浄土真宗の正信偈(しょうしんげ)を唱えて書いた。米国の捕鯨船に鯨を根こそぎにされ、わずかな獲物に危険をおかして突っ込む漁師は特攻隊さながら。信長に反旗を翻した真宗門徒の流れをくむ旧家育ちで、反骨精神が小説の根にあった。

日本が戦争の傷を乗りこえ、経済成長をとげる昭和の戦後はサラリーマンが歴史小説をむさぼるように読んだ時代でもあった。「儂(わし)は狂いたって働いてやるのだわ」。信長が作中で吐く言葉は流行作家の叫びでもあっただろう。

信長の好んだ幸若舞の詞章になぞらえた「夢幻会」という集まりが「下天は夢か」ゆかりの挿絵画家、深井国さんらを交え昨年末まで続いた。それも夢という言葉を愛した津本さんの命名だった。(編集委員 内田洋一)

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