ヒットゾーンが鍵? 打者・大谷の攻略法(前編)
スポーツライター 丹羽政善
ドラフトされた後、マイナーでプレーすることなく、米大リーグに登録された選手は決して少なくないが、現役ではマイク・リーク(マリナーズ)ただ一人。身長178センチ、体重77キロと小柄ながら2010年にデビューしてから、頭脳的なピッチングで大リーグの世界を生き抜いてきた。
そのリークが5月4日(日本時間5日)、打者・大谷翔平(エンゼルス)と対戦した。3打数2安打だったが、その翌日、各打席の配球やその意図、そして反省点を語ってくれた。
■1打席目=三振
(1)チェンジアップ 見逃しストライク
(2)シンカー ボール
(3)シンカー 空振り
(4)シンカー ファウルチップ 三振

まず二回の1打席目を振り返って口をついたのは、こんな言葉だった。
「初球は振ってくると思ったけどね」
どういうことかと尋ねると、「内角低めにヒットを打てるゾーンがあるから」だという。なるほど。3月29日から4月29日までの1カ月、大谷はどのコースをヒットにしたのか。そのデータが下の図の通りである(捕手からの目線、「Baseball Savant」参照)。

これをみると、長方形のストライクゾーンのうち内角低めの色が一番濃く、大谷がヒットにしているのはこのコースが一番多いことを示す。
では、このデータと初球のチェンジアップにどういう関連があるのか。
「対戦前、同じようなスカウティングリポートをもらった」というリークは続けた。
「しかも、早いカウントでその内角低めを狙っているという情報だった。だとしたら、どう攻めるか? まずはデータが本当かどうか、探る意味でもその近くに投げてみればいい」
初球のチェンジアップは内角低めから真ん中低めに曲がりながら落ちた。大谷が狙っているであろうコースから、あえて曲げたのである。
「内角低めを待っているなら、振ってきたはずだ。空振りか、ファウルになっただろう。振らなかったことで、『あれっ?』と思ったけれど、初対戦だったから初球は球筋を見ようと思ったのかもしれない」
そう考え方を切り替えての2球目。内角低めへ大谷の足元を狙って投げたが、「これは3球目への伏線」とリーク。「このときの内角は、絶対打てないようなところに投げる必要がある。ボールでいい。ミスすれば、捉えられる可能性がある」
むしろ、ボールでなければならなかった。そして続く3球目は内角から外角低めに沈むシンカー。
「次こそ内角から曲げれば、振ってくると思った。内角を1球攻めているので、踏み込めなかったのではないか」
案の定、振ってきた。そして空振りで2ストライク。追い込んでからの4球目は外角へボール球。「見逃されるかな」とも思ったそうだが、それなりに確信もあった。
「2ストライクになると、もう内角低めだけを待っているわけではない。データによれば、外角を引っかけることが多いということだった。そのセオリーに従った」
下の図(捕手からの目線、「Baseball Savant」参照)はアウトになったのはどのコースが多いかを示している。4月終わりの段階では、外角が一番濃い色だった。

このとき、大谷はボール球を追いかけファウルチップ。リークのイメージは内野ゴロだったが、「三振も悪くない」。
続いて四回の2打席目。
■2打席目=中前安打
(1)チェンジアップ 空振り
(2)チェンジアップ ファウルチップ
(3)カッター

「1球目、2球目は想定通りだった」とリーク。
チェンジアップを2球続けて、追い込んだ。
「やはり彼は内角低めを待っていたのではないか。あの2球は内角から外角低めに沈むから、内角にきたという錯覚を起こすことができる」
誤算は3球目。
「1球、内角にボール球を挟むことも考えた。胸元にカッター(カットボール)を投げてもよかったかもしれない。しかし、3球目は大谷が手を出した場合、一番打ち取りやすいコースでもある。ただ、2ストライクだったから、1打席目のようにストライクゾーンに投げる必要はなかったなぁ」
3球目を内角に投げておけば、最後の球の効果も変わっていたかもしれない。見せ球を使わないなら、外角はボール球でよかった――。いずれにしても、ちょっとした迷いを大谷はヒットにつなげた。
■3打席目=左翼二塁打
(1)シンカー 見逃しストライク
(2)カッター ボール
(3)シンカー ボール
(4)チェンジアップ ファウル
(5)チェンジアップ

「これはうまく打たれた」とリークが感心したのが五回の3打席目。
「初球のシンカーは文句ない。できれば引っかけてほしかったけれど……(笑)。2球目も内角も予定通り。3球目は制球ミスだ。2球目にせっかく内角を見せたのだから、ストライクゾーンでよかった。1打席目と同じで、踏み込みが甘くなって最悪でもカウントを稼げただろう。自分の中に2打席目に打たれた残像があったのかもしれない。4球目のチェンジアップはちょっと危なかった。もっと真ん中から外角に落としたかった。ファウルで助かった」
勝負の5球目。リークはそれなりに自信があったが……。
「5球目はシンカーの方がよかったかなぁ。チェンジアップにタイミングが合っていない、という感触があったけれど、それにしても外角低めいっぱいの球をあそこ(左翼越え)まで飛ばされるとは。あのとき、ボール1つ分、外に投げることも考えた。ただ、見逃されるとフルカウント。う~ん、ボールでもよかったかな」
改めて3打席を振り返ると、リークにしてみればうまく攻めたという実感はある。ミスと口にしたのは3打席目の3球目のみ。視点を変えれば、大谷が1打席目の三振をそれだけしっかり2打席目以降に生かした、ということか。
リークは3度の対戦から2つの教訓を教えてくれた。
これは大谷に限らないが、その考えを軸に3打席とも2ストライクまでは追い込んだ。「その鉄則に従えば、2ストライクまでは取れる。しかし、そこからどう攻めるか、改めて考える必要がある」
後編では、その変化を中心に見ていきたい。