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データで迫る 大谷翔平の「二刀流」(2)

 米大リーグで投打の「二刀流」に挑むエンゼルスの大谷翔平が躍動しています。日経電子版は5月14日、東京・大手町で「大谷翔平、なにがすごい!? データで分析」と題したセミナーを開催。野球選手の動作解析を研究している国学院大学准教授の神事努さんと、電子版スポーツで「拝啓 ベーブ・ルース様」を連載しているスポーツライターの丹羽政善さんが大谷の特徴や可能性について話し合いました。5回に分けて掲載する内容の2回目になります。記録はセミナー開催時点のものです。

神事 大谷のボールの変化量をみてみましょう。大リーグの投手の平均値をグレーで示しています。大谷のフォーシーム(速球)が赤、フォークボール(スプリット)は青、スライダーはオレンジ、カーブは緑でそれぞれ示しています。フォーシームの縦の変化量は大リーグの平均値が45センチなのに対し、大谷は41センチでした。

(C)Nextbase Corp.

丹羽 大谷のフォーシームは速いのですが、大リーグ平均と比べてもわずかな差しかありません。

神事 サイ・ヤング賞(最優秀投手賞)に3度輝いているドジャースのクレイトン・カーショーの場合、(無回転のボールが通過すると仮定した地点と比べ)縦の変化量が60センチほど、平均値よりボール2個分ほど上の軌道にいきます。日本のプロ野球選手だとデニス・サファテ(ソフトバンク)、松井裕樹(楽天)が浮き上がるようなボールを投げています。大谷は大リーグ平均をわずかに下回っていますので、相手打者がバットに当てられる原因の一つと考えられます。

丹羽 打者は投手のボールの平均値を感覚で捉えています。ですから、大谷のボールは速いのですが、打者にとって軌道そのものにおそらく驚きはないのですね。

神事 そうですね。「ホップ成分」が増えれば、打者が空振りする割合は増えていきます。

(C)Nextbase Corp.

丹羽 実際にボールが打者の手元で浮き上がることはありませんが、打者が感覚として捉えている平均値を上回れば上回るほど、バットはボールの下の軌道を通る確率が増えます。それで打者にはボールがホップしているようにみえるわけです。

丹羽 4月24日のアストロズ戦。大谷のボールの最速は101マイル(約163キロ)。あの日は速かったですよね。ただ160キロを超えるボールであるにもかかわらず、打者がバットに当てているんですね。あの日に限っていうとボールのリリースポイントが本来の位置より三塁側に寄って下がっていました。ですが、5月6日のマリナーズ戦では本来の位置に戻っていました。その話を大谷に聞いたら、それに気づいて修正していたそうです。リリースポイントが高い位置であればあるほど、ボールにきれいなバックスピンがかかりやすくなります。

丹羽 アストロズ戦ではボールは速いものの、回転軸がずれてバックスピンに少し別の回転が混ざっていました。大谷もエンゼルスもこれまでとの違いに気づいたからこそ、マリナーズ戦で修正したのでしょう。オープン戦で初めて登板したとき、相手打者が「ボールが動かない」と口をそろえました。初めて見たボールでも、変化量が大リーグの平均値に近いため、打者は見慣れているように感じていたといえます。

神事 平均値から大きく外れているかが非常に大事なところです。先ほどのカーショーらに比べて、大谷は"平凡"なボールを投げていたかもしれません。

丹羽 巨人に復帰した上原浩治はカブスやレッドソックスに所属していたとき、球速は140キロ台前半なのになぜあれほど空振りを取れるのかが大リーグでも話題になっていました。それが2015年に導入された「Statcast(スタットキャスト)」のデータをみることで、理由がわかるかもしれないのです。

神事 上原の場合、意外と注目されていないのですが、落ちるボールと思われているフォークがものすごくシュート回転しているのです。

丹羽 打者にしてみれば140キロ台前半の球速なら十分にとらえられます。おそらく打てると思っています。

神事 ところが、そう思って打ちにいくとバットになかなか当たらない。「あれ? なんかおかしい」ということになります。

上原のフォークは大きなシュート回転しているのが特長=共同

丹羽 上原のようにそれほど速くないボールでも空振り三振を取れていたのは、きれいなバックスピンがかかっていたからと考えられます。大谷の場合はボールの変化量が大リーグの平均値に近く、これを変えていくとどうなるかを本人も意識しています。

神事 大谷はきれいなバックスピンのかかったボールを体得していくといいですね。縦の変化量が60センチに達すれば無双だと思います。

丹羽 それを160キロを超えるスピードでやられると、打者はおそらくフォーシームをとらえられないほどのレベルになりますね。

神事 そうなると面白いですね。

丹羽 ダルビッシュ有がトミー・ジョン手術(靱帯修復手術)を受けて帰ってきた2015年、(負担がかからないよう)右肘の位置をかなり高くして投げていました。そのときはボールにきれいなバックスピンがかかって、ホップ成分がかなり入っていました。ただ、彼はスライダーを投げるのが好きなんですね。このあたりが難しいのですが、高い位置から投げるとフォーシームにはきれいなバックスピンがかかり、カーブも投げやすい。ただ、スライダーは曲がりにくくなります。

神事 そうですね、スライダーを投げるときは横から投げた方が横回転がかかり、大きく曲がります。大谷もそうですが、どうしても大きく曲がるスライダーを投げようとすると、肘の位置が下がって横から投げるイメージになります。逆に肘の位置を上げると、スライダーが曲がりにくくなります。球種によって腕を振りやすい投げ方が存在しているということですね。

丹羽 リリースポイントの話に戻りますが、実はこの数値をけがの予防につなげられると考えられます。たとえば大谷のように右投手の場合、リリースポイントが自分の体近くから三塁方向に下がると、ボールを投げるときの支点が変わってきます。右肘が支点になり、負荷が大きくかかってきます。要するに肘の位置が下がると故障のリスクが大きくなる恐れがあります。

神事 そうですね、投手はシーズン終盤になって疲労がたまってくると、リリースポイントが本来の位置より下がってきます。1試合の中でみても30球を超えると急にリリースポイントが低くなる投手もいます。それぞれ違いもありますが、やはり疲れると肘の位置が下がってきます。そうなると、投げるときに引っかくような動作になって肘への負担が大きくなっていきます。肘の関節は本来ならいかない方向にストレスがかかります。その結果、肘の内部の損傷、肩や上腕二頭筋の長頭腱(けん)まで影響が出るのがわかっています。ですからリリースの位置が本来より下がっていたら注意です。

丹羽 ボールの軌道が変わると、何か問題が発生している可能性があります。股関節や足首の状態がおかしいと、リリースポイントが変わってくることがあります。

神事 そこから投手交代のタイミングとみることもできます。あとエクステンション(ボールの球持ちのよさ)をみる指標では、股関節が硬くなると短くなるデータもあります。そのあたりの選手のコンディションをコーチがみてあげている球団もあります。

セミナーで対談する神事さん(左奥)と丹羽さん

丹羽 エクステンションはピッチャープレートが軸なんですね。プレートを起点として、ここから腕を前に出せば出すほど投手の球持ちがいいとなります。球持ちがいいほど相手打者にとってはボールが到達する距離が短くなり、その分早くボールがやってくると感じます。ただその場合、ボールを離すときの「角度」を犠牲にすることになります。

神事 球持ちをよくしようとするほど、ボールをリリースする位置は打者に近づいて低くなります。角度をつけたい投手にはマイナス材料に働きます。

丹羽 何年か前に田中将大(ヤンキース)が本塁打を打たれたときのエピソードです。長打を打たれないよう低め、低めに投げたいと意識が働いて、リリースポイントが低くなっていました。そのとき、投手コーチから言われたのが「アングルがなくなっている」ということ。要するに打者から見たときの角度が小さくなり、フラットになってしまっていたそうです。高い位置からきたボールは真正面からきたボールより打つのが難しくなります。大谷はあれだけの身長(193センチ)があるので、打者に対して自然と角度をつけられます。

(3回目は6月1日付に掲載します)

 神事努(じんじ・つとむ) 1979年生まれ。国学院大学人間開発学部健康体育学科准教授。株式会社ネクストベース・エグゼクティブフェロー。元国立スポーツ科学センター研究員。博士(体育学)。投球されたボールの回転軸の方向や回転速度が空気力に与える影響について明らかにした論文で、日本バイオメカニクス学会優秀論文賞を受賞。スポーツサイエンスに基づいた支援を、チームや選手を対象に行う。女子ソフトボール日本代表のサポートを担当し、北京五輪での金メダルに貢献。2016年まで東北楽天ゴールデンイーグルスの戦略室R&Dグループに所属し、チームの強化を推進。現在は最新の「Pitch Design」のアドバイスを受けに多くのプロ野球投手が訪れる。
 丹羽政善(にわ・まさよし) スポーツライター。1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。大学時代から日之出出版でファッション誌の編集に携わる傍ら、米プロスポーツに興味を持ち、95年秋に留学。99年5月にインディアナ州立大学スポーツマネジメント学部を卒業。以来、シアトルに居を構え、大リーグや米プロバスケットボール、スノーボードなどを中心に取材。NHK BS-1で放送されている「ワールドスポーツMLB」にも出演している。著書に「夢叶(かな)うまで挑戦―四国の名将・上甲正典が遺(のこ)したもの」(ベースボールマガジン社)、「メジャーリーグビジネスの裏側」(キネマ旬報社)、「メジャーの投球術」(祥伝社)などがある。

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