/

日本再確認 外の目線で 京都精華大学学長 ウスビ・サコさん(もっと関西)

私のかんさい

 ■今年度創立50周年を迎えた京都精華大学(京都市左京区)の学長に、西アフリカのマリ共和国出身のウスビ・サコさん(51)が就いて2カ月弱。大学運営に日々心を砕きつつ、将来構想委員会を立ち上げた。自身の専門はコミュニティー論・建築計画。海外出身学長ならではの命題として、様々な国・地域の発展に寄与する大学への道筋を探る。

 ウスビ・サコ 1966年マリ共和国の首都バマコ生まれ。85年に中国の現・北京語言大学に留学。同国・南京の東南大学と同大大学院で建築学などを専攻。91年に来日。京都大学大学院建築学専攻博士課程修了。2001年京都精華大講師。同大准教授を経て、13年同大教授。

日本で急速な少子化が進む一方、世界の人口は増え、教育環境が整っていない国・地域がある。精華大は日本人学生だけ対象とするのではなく、そうした国・地域にどのように教育を提供し、発展に寄与していくかも使命だと思っている。

4月に新入生を約700人迎え、そのうち留学生は2割近くだった。全学で見ると留学生は現在1割強。5年以内にこの比率を3割以上に高めたい。そのため、東南アジアとアフリカに海外オフィスを設け、そこで入学準備などができないかと考えている。一部の授業を英語で行うことや、授業内容の変更も検討せねばならないだろう。

日本人学生が留学生から学ぶことも多いと思う。彼や彼女らとは育った環境や価値観が違うので、自身を相対化でき、日本や京都の良さを再確認する機会にもなる。学生同士の国際交流がもっと進むように環境を整えたい。

 ■マリの高校を卒業し、中国の大学と大学院で建築学などを学んだ。その後、1991年に来日し、京都大学大学院に進み、京都に27年間住み続けることになった。

京都で暮らすようになって茶道も学んだ(1994年)

中国への留学を終えると、マリに帰国して国家公務員になるつもりだった。ところが、マリは経済的な問題などで公務員採用を見送ったので、日本の大学院への進学を検討した。日本を選んだのは、住環境やコミュニティーの課題がアフリカと似ていたためだ。

日本に来て一番驚いたのは「同級生は同じ年」。英才教育システムのマリではそういう意識が全くない。私の時代は小学校1年から留年制度があり、中学や高校進学はそれぞれ試験に合格せねばならないので、同級生でも年齢が違ってくる。ちなみに、私が中国の大学に留学したのは国(マリ)に割り振られたから。奨学生として留学する際、どの国に行くかは国が決めていた。

京都に住み続けたのは自然な流れ。京大大学院博士課程修了後、研究を続けたくて研究者を公募している大学を探して応募した。そして、決まったのが京都精華大。自由に研究したくて、応募先は推薦のいらない大学を選んだ。

精華大のある京都・岩倉は大学の所在地として最適だと思う。都市部と遠くも近くもなく、ものを考え創造するのによい。

 ■自身は、人の動きやコミュニティーのあり方から空間を考察する「空間人間学」を研究している。その実践的な取り組みの一つとして、京都市東山区で仲間と「本町エスコーラ」というプロジェクトを行っている。

これは路地裏にある長屋8軒を住宅やアトリエに造り直し、コミュニティーを育もうというもの。私も1軒借り、コミュニティーがどう変化していくかを参加しながら観察している。若い人たちも来るので、周囲からは「活気がある」と見られつつ、警戒心も持たれている。

新旧のコミュニティーが良い関係をつくれるかは、どこにでもある問題。特に大型プロジェクトの場合、それが地域でどのような役割を果たし、新たに入ってくる人と従来の人がどう接していくかを考えねばならない。

京都は持っているものをもっと見せた方がいい。外国人が抱いている京都のイメージと実際は違い、本当の京都を理解するにはある種の読解力がいるが、「分かりやすく」などと外国人に合わせる必要はない。本当の京都があるから、みんなが興味を持つんです。

(聞き手は編集委員 小橋弘之)

初割ですべての記事が読み放題
今なら2カ月無料!

セレクション

トレンドウオッチ

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

新着

ビジネス

暮らし

ゆとり

フォローする
有料会員の方のみご利用になれます。気になる連載・コラム・キーワードをフォローすると、「Myニュース」でまとめよみができます。
新規会員登録ログイン
記事を保存する
有料会員の方のみご利用になれます。保存した記事はスマホやタブレットでもご覧いただけます。
新規会員登録ログイン