海外ではラーメンは日本酒で堪能 「一風堂」の人気
世界で急増!日本酒LOVE(1)

今回から新しくお届けする日本酒企画「世界で急増!日本酒LOVE」。国内では消費が低迷してきている日本酒だが、世界的な和食ブームの影響で、海外では消費が拡大中。最近では、「獺祭」や「新政」など、銘柄を指定して注文してくる日本酒ファンまで存在する。海外のレストランや国内のインバウンドの場面で、日本酒が外国人にいかに愛されているのか、その最前線をレポートする。
今回はニューヨーク、パリ、ロンドンなど、海外13カ国・地域で82店舗(国内では142店舗)を展開する豚骨ラーメン店「一風堂」の日本酒戦略を探った。中でも、常時160種もの日本酒をそろえているシンガポールの店舗を取材。そもそもラーメンと日本酒という組み合わせは日本人にとっても斬新であるが、シンガポーリアンにはどのように売り込んでいるのか。
■「ラーメン店で日本酒を売る」とは究極の日本文化の発信
「海外の一風堂は、フードコートなど一部の店舗を除いて、ほとんどの店で日本酒をそろえています。ラーメン店というより、お酒やつまみも充実させたダイニングスタイルで展開しています」と話すのは力の源カンパニーの常務執行役員で、きき酒師でもある島津智明氏。海外ではラーメン店も日本食の一つ。ビールなどと一緒に、日本の国酒である日本酒を一緒に売り込むことは、「日本の食文化を世界に伝える」という点で非常に重要だと考えているという。
島津氏は、「北米ではドライな日本酒が売れる傾向があります。関税の高いパリなどではまずは価格が手の届く範囲であるかどうかで、味としては、濃いめの味付けの料理に合わせて、酸味や風味がしっかりした日本酒が最近は受けがいいです」と話す。

以前は客が日本酒のことをそれほどよく分からないので、白ワインにも似ていて飲みやすい、フルティーな大吟醸などをオススメすることが多かった。だがここ5~6年で、そういったビギナー向けセレクトではなく、客の方から銘柄指定をしてくるようにまでなってきたのだという。
「獺祭、八海山、南部美人などの銘柄名が、ローカル客とのトークでも頻繁に出てくるようになってきました。日本ではあまり知られていないマニアックな銘柄に注目が集まることもあります。『今度はこんなお酒にトライしてみたい!』と、お客様に意思が感じられるようになってきました」と近年の日本酒の人気ぶりを実感する島津氏。
ピルスナーなど軽めのビールが比較的人気であるオーストラリアの店舗では、客個人の要望が特になければ、まずは同じように軽めでキレが良い日本酒をオススメしているのだとか。各国でのほかのアルコールの人気傾向や店での人気メニューの特徴なども参考にしながら日本酒を提案するのがポイントの一つだという。

海外では日本酒の関税が高いこともあり、日本酒は高級酒という扱いになる場合がほとんど。地元客の好みの味かどうかだけでなく、高すぎないかどうかというバリュー感にも十分配慮する必要がある。
一方、欧米に比べ、まだレストラン産業がそれほど成熟していないアジア各地では、もとよりアルコール全体の消費意欲は高くなく、さらに高級な日本酒となると、なかなか難しい。しかし、シンガポールだけは別。ラーメン店なのに日本酒バーを備えるところまですでにあるという。
■「和食レストランで日本酒を愉しむ」が富裕層のステイタス
シンガポールだけで10店舗展開している力の源グループでは、2015年、繁華街・オーチャードに日本酒バーのスペースを併設した「IPPUDO SHAW CENTRE」をオープンさせた。ラーメンだけでも楽しめる店だが、店内の日本酒バースペースにはずらり約160種の日本酒ボトルが並び、自分で好みの酒を選んで注文することができる。
シンガポールの他店ではつまみメニューの数は約10種だが、同店では約20種そろえる。ギョーザ、唐揚げ、シシトウの素揚げなどが特に人気だ。しめにラーメンをシェアして食べる客が多いという。
日本酒のうちグラス(60ミリリットル)で提供できる約6種はカウンターに並べておき、1杯9~10シンガポールドル(720~800円)で提供している。グループ客がボトル注文するのがほとんどだが、1人で来た客でもこれを注文できる。

「一風堂」は博多発のブランドだけに、福岡の酒だけで15種前後は常にそろえ、中にはシンガポールではこの店でしか飲めないような酒も用意している。新酒やひやおろしなど、季節感のある日本酒もあれば、保存の調整が難しい生酒なども扱う。
すべての日本酒はモダン/クラシックという独自のカテゴリ分けをしており、新しい製法で作られたモダンタイプは冷やして提供するが、クラシックタイプは熱燗やぬる燗などさまざまな温度帯で提供している。
例えば、同店で人気NO.1の「玉乃光」(京都/玉乃光酒造)。精米50%の純米大吟醸で、720ミリリットルで98シンガポールドル(7840円)と日本の3倍近くの価格だ。シンガポールの店舗を統括している岡貫之氏によると、「価格に関しては関税がかかることも踏まえると、100シンガポールドル(8000円)までが売れ筋です」とのこと。

「シンガポールでは富裕層の間で、『和食レストランで日本酒を味わいながらその雰囲気を楽しむ』というのが、いま一つのステイタスになっているんです」と岡氏。30代後半~50代の富裕層に特に人気で、日本酒を注文する客の場合、客単価は100シンガポールドル(8000円)ほど。もはやラーメン店の単価ではない。
日本酒の香りや味の違いはまだそれほど理解されていないものの、日本のちょい飲みセットのようなものを用意したりすることで、できるだけ注文しやすく工夫し、「何県の酒なのか。同じ銘柄なのに製法が違うのか?」など興味を示してくれるようになってきているという。また特に外国人に大事なのは「酸度」。ワインと同じ感覚で楽しむ人が多いので、酸度がノーマルなのか、強いのかが分かるように表示することが大事なのだそう。
シンガポールの他店舗に比べ、同店の売り上げに占めるアルコールの割合は約2倍。他店ではアルコールのメインがビールなのに対し、同店では圧倒的に日本酒が売れている。日本酒目当てのお客様も少なくない。
■KAWAII! 空の酒瓶を持ち帰るシンガポール人も
「BAR IPPUDO」では、日本人からすると「ありえな~い!」と驚いてしまうようなこともたまに起きているのだとか。

「当店では赤と白の有田焼のおちょこなども用意してるのですが、おちょこをそのまま買って帰りたいというお客様がよくいらっしゃいます。あと、空になったボトルをそのまま持ち帰りたいというお客様も多いです。ミニボトルならまだ分かりますが、720ミリリットルのボトルは結構大きいし重いので、酔った後に大丈夫なのかと、最初は驚きました」と岡氏。
また日本酒を飲み慣れない客は、飲みかけボトルをそのまま持ち帰ることもできる。専用の紙袋まで用意しており、「続きは後日、自宅で楽しむ」という人も。ほかにはビールに氷を入れる感覚で、日本酒にも「氷入り」で注文してくる客もいるのだとか。そこで、ボトルは氷水につけて冷やして提供している。梅酒など、変わり種の酒もシンガポールではよく売れる。
以前、酒が一切飲めないムスリムも多いマレーシアでも勤務していた岡氏。現在はシンガポールでの日本酒の手応えを十分に感じており、「初心者には軟水を使った日本酒で、ワイングラスでも飲めるような酒質のものを積極的にお薦めしていきます」と意気込む。また、必ずローカル・スタッフにも売る前に試してもらい、味や見た目、価格など、さまざまな観点から現地のニーズにマッチしているかどうかを確認しているという。

「今後もラーメンを中心とした日本食の魅力やおいしさを積極的に世界に発信する一風堂ブランド。前述の島津氏は、「もちろん日本の焼酎や日本ワインなども考えています。でも海外のお客様への浸透力でいうと、断然、日本酒。受け入れられるスピードが日本酒は早い。またワインは赤・白により、料理と合う・合わないがはっきりしているけれど、日本酒は比較的どんな料理にも合う。食中酒としての懐の深さも魅力」と日本酒の可能性を語る。
実は同社の日本酒戦略は、外国人が増えている国内でもスタートしている。3店舗展開している立ち飲み業態「一風堂スタンド」では最近、蔵元を招いた「酒蔵ナイト」を開催。蔵元から日本酒に対する愛情や製法のこだわりをダイレクトに聞きながら、その日本酒とご当地のつまみをペアリングで堪能できる酒イベントだ。イベントの日は外までウエイティグができる人気ぶりがうかがえる。

「国はどこであれ、お客様も蔵元も、自分たちも、楽しんでやれるかがとても大事。もし英国のパブみたいに、世界中で日本酒の店が親しまれて定着したら、日本文化をにうまく発信できたということになるのかな」と島津氏。
ラーメン店の枠を超えた「一風堂」ブランド。「日本酒のIPPUDO」と海外で言われる日も、そう遠くないだろう。
(GreenCreate 国際きき酒師&きき酒師 滝口智子)
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