論文掲載効率トップに学習院 「小規模大」健闘の秘密

英独学術出版大手のシュプリンガー・ネイチャーは3月、日本の大学の論文が、物理や生物など自然科学の主要誌に掲載された割合のランキングを発表しました。各大学で2012年から17年、発表された論文総数のうち、68誌に載った数を研究効率の指標としたものです。トップは学習院大学でした。2位は東京大学で、甲南大学、京都大学と続きます。調査では「比較的に小規模の大学の健闘が目立つ」との指摘をしていますが、どんな要因があるでしょうか。
シュプリンガー社は世界の研究機関について調べていますが、質の高い論文の執筆者に取り上げられた、学習院大理学部の田崎晴明教授によると「若手として着任した際の雑務は、年が上の教員がやってくれた」とのことです。「(雑務の分まで)研究に集中し、良い成果を出してください」と言われたことが良いプレッシャーにもなったと振り返ります。同学部は今でも、40代までの研究者には、研究と直接関係のない雑務をさせない方針を取っているようです。
甲南大理工学部の日下部岳広教授は15年、主要誌の一つ、英科学誌ネイチャーに論文が載りました。同大が上位に入った要因について、日下部氏は「若手にも自分のやりたい研究ができる環境が整っている」と話します。甲南大では、着任時から先輩教員と同じ広さの研究室を与えられ、大学からの研究費の配分も変わらないといいます。
一般的には、若手は研究意欲が比較的旺盛とされているにもかかわらず、研究時間が十分に取れないとされます。両大学は、若手時代から環境を整え、将来にわたる研究の総量を確保しているといえそうです。
もっとも、シュプリンガー社の指標は各大学の論文数が分母となるため、どれだけ多くの論文を発表したのかではないことに注意が必要です。調査では、日本全体で主要誌への掲載論文数が減少傾向にあることも指摘しています。12年から16年までの5年間に20%程度減り、17年も前年比3.7%減りました。量からみた研究効率を上げるには、自由な研究環境だけでなく、従来より論文の発表頻度を評価する仕組みも必要そうです。
社会科学でも、似た課題がありそうです。大阪大学経済学部の二神孝一教授らは17年、東京大学や九州大学といった国立9大学の経済学研究科など14研究機関を調べた結果を発表しました。のべ500人規模の教員の論文が、経済学の国際的に著名な学術誌などに載った数についてです。12~16年、9機関で、過半数の教員が1本も載っていないと分かりました。目ぼしい成果はないと判断されかねず、改革への圧力はさらに強まりそうです。
田崎晴明・学習院大教授「大切なのは仲間との議論と時間をかけること」
シュプリンガー・ネイチャーは学習院大学が国内大学ランキングでトップになった要因として、理学部教授の田崎晴明氏の研究を挙げています。統計物理学が専門の田崎氏に、研究内容と、研究するうえで大切にしていることを聞きました。
――統計物理学とはどんな研究をする分野ですか。

「私たちに見えている世界は、(いわば)小さい部品がいっぱい集まってできている。だが小さな部品の個別の性質と、ものすごい数集まったときの性質は全く違う。例えば、水は冷やしていくと0度で凍る。ただ、水をつくっている部品にあたる分子の中に司令塔がいて、0度で凍れと決めているわけではない。たくさんの部品が集まることで、全体として0度で凍るという性質が生まれてくる」
「ほとんど無限に近い部品が集まっている状態を調べなければいけないので、普通の考え方だとなかなかうまく取り扱えない。部品が集まっている状態について、(より専門的な)いろいろな数学的な方法を作ったり使ったりといった研究をしている」
――具体的にはどんな研究をしていますか。
「(高温の熱源から受け取った熱を電気などのエネルギーに変える)熱エンジンの中では、ひとつひとつの分子が力学の法則にしたがって動いている。こうした無数の分子の集まりが動かす熱エンジンが、どれくらいうまく機能するのかを数学的な手法で研究した。実際に世の中で使われている熱エンジンに関係しており、私にしては珍しく役に立つ研究だと思う」
「10年間ほとんど注目されなかった論文もある。先ほど例に出した水の性質などを研究する際には、統計力学というしっかりとした枠組みが確立されている。私は量子力学という、より根本的な原理から説明した。結果、10年間ほとんど誰にも気にされず、自分でも忘れていた。最近になり、私の論文と関連するような実験があり、注目を集め始めた」
――研究する際に、どんなことを大切にしていますか。
「仲間と議論するのがすごく大事だ。学習院大の理学部には、黒板があってコーヒーを飲みながら議論する部屋がある。議論の場で生まれる研究は多い。熱エンジンの研究も、一生懸命議論することで完成させた。大学によっては必ずしも議論する部屋がないかもしれないが、国際会議に出向いて話したり、仲良くなればメールで議論したりもできる。他の大学では議論なんてしないという研究室があるとも聞くが、私たちは議論する文化を大切にしている」
「もうひとつは時間をかけることだ。研究以外のことを考える必要がないときは、いつも研究のことを考えている。長い時間をかけないと良い研究はできない」
――普段から、大学のランキングを気にしながら研究していますか。
「まったく正反対だ。もともと大きくはない大学で、ランキングは関係ないと思っていたので、誰も気にしていなかった。評価されたのはうれしいが、評価されたからといって今後もランキングにはこだわらない。今まで同様、大事だと思う研究をじっくりやるというスタンスだ」
(久保田昌幸)
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