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今日も走ろう(鏑木毅)

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「時を止めた男」の衝撃 少しでも近づくために

2018/5/17 6:30
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今年50歳を迎えるにあたり、私に最も大きな影響を与えた人は誰だろうかと考えると、迷うことなく一人の人物が思い浮かぶ。それは世界最高峰のトレイルランニングレースであるウルトラトレイル・デュ・モンブラン(UTMB、フランス―イタリア―スイスのモンブラン周回)を58歳で制覇したイタリア人のマルコ・オルモさんだ。私が40歳で公務員を辞めプロランナーに転向したのも、そして今も身体の衰えと闘いつつレースに挑んでいるのも全て彼の影響といえる。

オルモさんが58歳で勝ったUTMBに私は38歳で出場した。国内で敵なしといわれて勇躍、世界に挑んだものの、車椅子で帰国せざるを得ないほどの激しいダメージを脚に負った。一方、オルモさんは表彰式でも軽い足取りで壇上にあがり全く疲れをみせなかった。結局、20歳も年上の彼に3時間近くも引き離されたことになる。衝撃的だった。

どうしてあれほどの年齢でも第一線で闘えるのか、一体どんなトレーニングを積んでいるのか、彼の半生はどんなものだったのか、そして自分も彼のようになれるのかということを帰国後は寝ても覚めても考えるようになった。

2015年の夏、オルモさん(左)の自宅を訪ねた

2015年の夏、オルモさん(左)の自宅を訪ねた

実は欧州で彼は「時を止めた男」としてその半生が映像化され、伝説的なランナーとして多くの人々が憧れる存在だ。イタリア北部の貧しい農村出身で、家庭の事情から思ったような教育も受けられず長年肉体労働を主とした職に就いた。仕事をしながらランニングを始め、世界レベルの活躍は50歳代からという極めて遅咲きのデビュー。世界最高の栄冠を勝ち取ったのは60歳目前でのことだった。彼にとって走ることとは、思い通りにいかなかった自身の半生へのリベンジだという。

160キロメートル超の山道を20時間以上も不眠不休で走り続けるウルトラトレイルは過酷なレースだ。終盤ではあまりの苦しさに、先頭の選手でさえリタイアしてしまうことも少なくない。この状況に打ち勝つ究極の心を持つには、人生の苦境を打破した経験こそが大きな武器になると彼は教えてくれた。

3年ほど前、恋焦がれてイタリア北部の彼の自宅に赴き、一緒にトレーニングをする機会を得た。それは夢のような時間だった。60歳後半になった今も世界のさまざまなレースで活躍する日常は想像以上。若者でも音を上げるきついトレーニングを自然体でこなし、体力の衰えもさほど気にせず、好きなことに挑戦できることが楽しくてたまらないといった様子だった。

彼の人柄に触れて感じたのは、優しさとその真逆ともいえる頑固さだった。ここ数年、歳を重ねるにつれ体は往年のようには動かない。そのたび彼の偉業のすごみに思いをはせる。「時を止めた男」に少しでも近づきたい。それが今でも私の走ることへのモチベーションになっている。

(プロトレイルランナー 鏑木毅)

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