2019年9月18日(水)

「石牟礼さんがいたからこそ」 芝居や語りで継ぐ遺志

2018/5/7 19:00
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今年2月、水俣病患者に寄り添い、苦しみを世に訴え続けた作家の石牟礼道子さんが亡くなった。患者や支援者らの間では、精神的支柱だった石牟礼さんの遺志を継ぐ取り組みが広がっている。「あなたがいたからこそ」。公害認定から50年の節目でもある今年、被害を語り継ぐ人たちはそれぞれに石牟礼さんの死を悼み、新たな一歩を踏み出し始めている。

「苦海浄土」を基にした独り芝居「天の魚」で患者の苦悩などを表現する川島宏知さん(伊藤芳保さん提供)

「苦海浄土」を基にした独り芝居「天の魚」で患者の苦悩などを表現する川島宏知さん(伊藤芳保さん提供)

「あねさん、魚は天のくれらす(くださる)もんでござす」。石牟礼さんが亡くなって約1週間後の2月18日、熊本県水俣市の環境省水俣病情報センターに設けられた舞台。仮面をかぶった老漁師がひとり、郷土の海の尊さや、水俣病で崩壊する日常を観客に語り掛けた。

この日演じられたのは、石牟礼さんの代表作「苦海浄土」を基にした独り芝居「天の魚(いを)」。水俣での上演は実に26年ぶりだった。

演じたのは高知県在住の俳優、川島宏知さん(71)だ。天の魚は川島さんが師事した砂田明さん(1993年死去)がかつて演じていた作品。川島さんは砂田さんの死後、引き継ぐよう周囲から勧められたが「水俣に移住してまで演じた砂田さんのようにはなれない」と葛藤していた。

だが、再読した苦海浄土の変わらぬ感動とその衝撃に心を震わせ、劇の復活を決断。患者の日常や苦悩をより丁寧に描いた台本に書き直すなどして、新たな天の魚を創りあげた。

2006年から日本各地で公演し、ようやく今年の水俣公演が決定。その公演直前、石牟礼さんの訃報が飛び込んできた。「運命を感じた」(川島さん)

舞台のそばには石牟礼さんの遺影を置いた。患者や遺族を前に、舞台に立つのが怖いほどのすさまじい重圧と緊張の中、老漁師になりきって語り掛けた「あねさん」は、優しい表情の石牟礼さんその人だった。終演後には自然と涙があふれたという川島さんは「一度、見ていただきたかった」と肩を落とした。

川島さんは「自然を守る・慈しむ」をテーマに、現在も童話執筆などに力を注ぐ。「石牟礼さんの作品に出会ったからこそ」(川島さん)、演じ継ぎ、書き継ぐ衝動を得た。石牟礼さんへの感謝を胸に、今後も活動を続ける考えだ。

一般社団法人「水俣病を語り継ぐ会」も、石牟礼さんの作品を通じて、公害被害を伝える新たな取り組みを始めた。

同会は2年前に水俣病に関する作品の朗読講座を創設。参加者に声の出し方や文章の解釈を指導し、年1回の発表会で成果を披露してもらっていたが、今年度からは水俣市の水俣病資料館で定期的に朗読会も行う。練習会も月1回から2回に増やし、より多くの人に参加を呼び掛ける。

4月には同館の語り部だった前田恵美子さんも64歳で亡くなった。体調がすぐれず活動を休止する人も増えている。「水俣病を伝えてもらう役割を次世代に担ってもらえないか」。同会の吉永理巳子代表理事はこう考え、語り部の代わりに朗読で伝える側になってもらおうと思い至った。

吉永さんは「石牟礼さんの作品は病気の残酷さだけでなく、美しい情景や貧しくとも誇り高く生きる人々の姿を見られる貴重な存在。豊かな現代だからこそ、若い人たちに読み継いでほしい」と話した。

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