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日本馬は強い? 京都やシャティンからの警鐘

「日本馬が強くなった」といわれ出して久しい。アラブ首長国連邦・ドバイや香港の国際競走で1日に複数のG1勝ち星をあげるかと思えば、欧州の最高峰、凱旋門賞(仏G1)でも善戦を重ね、一時は「どの馬がいっても勝負になる」という雰囲気さえ漂った。だが、ここ1年の流れを見ると、事はそう簡単ではない。折しも、4月29日に京都で第157回天皇賞・春(G1・芝3200メートル)が行われ、2時間後の香港・シャティンのクイーンエリザベス2世カップ(同・芝2000メートル)に、日本のアルアイン、ダンビュライトという4歳牡馬2頭が挑んだ。だが、天皇賞・春は優勝タイムが前年より3秒7(約23馬身相当)も遅い低調な決着。香港ではアルアインが8頭中5着、ダンビュライトが7着という完敗を喫した。この結果、日本馬は前年のクイーンエリザベス2世カップ(優勝ネオリアリズム)から1年、海外勝利がない状態となった。天皇賞・春の低調ぶりも、国内の競走体系が抱える問題点を露呈させた意味では看過できず、日本馬の競争力について再考を迫る結果である。

13年ぶりの低レベル決着

春の天皇賞を制したレインボーライン(手前)=共同

まず天皇賞・春を振り返る。ヒュー・ボウマン騎乗で1番人気のシュヴァルグランが早めに先頭に立つ強気の戦法で抜け出したところを、仕掛けを一拍遅らせた2番人気のレインボーラインが直線で進路を探しながら脚を伸ばし、最後は首差でかわした。3着も4番人気のクリンチャーと、混戦の前評判の割に順当な決着だった。

問題はタイムで、2017年のキタサンブラックの走破タイムより3秒7遅かった。17年は驚異的なレコードだったから、比較の対象として不適切だが、良馬場の天皇賞・春が3分16秒台で決着したのは、05年(優勝スズカマンボ=3分16秒5)以来。その後の12回中、1度のやや重(11年=3分20秒6)を除くと全て良馬場で、17年のレコード以外は3分13秒台が2回、3分14秒台と15秒台が各4回だった。4月22日のG2、マイラーズカップ(芝1600メートル)でレコードの1分31秒3(従来の記録を0秒2短縮)が出たから、馬場も悪くなかった。

今回の低調さは前半の1600メートルの通過タイムを見れば一目瞭然だ。前記の通り、06年以降で3分15秒台の決着は4回あったが、いずれも前半が後半より遅かった。今回の前半1600メートルは1分37秒6で、14年と全く同じだが、当時のタイムは3分15秒1。今年より1秒1も速い。今年の場合、1400メートル地点を過ぎてから急にラップが落ちたのだが、終盤になってもラップが上がらないバテ比べとなり、前半より後半の方が1秒も遅く、最後の600メートルは35秒9。シュヴァルグランを追い越すかに見えたクリンチャーが、最後は半馬身差で屈した場面が象徴的で、日本馬の最大の長所とされる芝の速い馬場での瞬発力がこのレースでは見られなかった。

今回は戦前から、「史上空前の低レベル」という声が聞かれた。G1勝ち馬はシュヴァルグラン1頭。前年、人気を分けたキタサンブラックは引退し、サトノダイヤモンドは出走回避。4月1日のG1、大阪杯経由で参戦した馬はシュヴァルグランを含めて3頭だが、最高はスマートレイアーの9着。ところが、当時13着のシュヴァルグランが今回は2着。適性や状態面の差はあれ、3000メートル級路線の質の低さ抜きには説明がつかない。

長距離路線劣化で「主客転倒」

大阪杯(阪神・芝2000メートル)は、17年にG1に昇格したが、G2だった時代は天皇賞・春の前哨戦の位置づけだった。ところが、日本馬の適性が長距離から中距離にシフトし、毎年のように一流馬が集まったため、レースのレーティング(RT)が上がり、G1昇格の条件を満たした。これを受けて日本中央競馬会(JRA)も中距離路線のテコ入れを狙って、G1に昇格させた。だが、施行時期は相変わらず天皇賞・春の前哨戦のままで、レースの質は大阪杯が上だから主客転倒である。

今年は5~6年に1度あるドバイ国際競走と同じ週の施行(通常は大阪杯が1週後)で、ドバイターフ、ドバイ・シーマクラシックという大阪杯と適性の重なる2つのG1に、日本から8頭が参戦した。それでもなお、大阪杯に16頭が参戦したのだから、中距離の層は確かに厚い。ただ、ドバイ組も大阪杯組も次のレース選択が難しい。6月末の宝塚記念まで中距離のG1がないのだ。しかも、同じ阪神芝内回りの2000メートルと2200メートルでG1が2つだから使い勝手が悪い。今年の大阪杯は、右回りが苦手とされたスワーヴリチャードが最後方から早めにまくって先頭に立ち、直線は内柵沿いを走るというミルコ・デムーロの奇策で優勝したが、同馬の次戦は何と安田記念である。同馬はデビュー以来、芝1800メートルより短い距離を走っていない。初の1600メートルがG1という無理筋の選択は、4月から10週も続く東京開催中に中距離の古馬G1がない故の苦渋の決断である。

こんな不細工な組み方をする目的は1つ。天皇賞・春の権威をこれ以上落とさないためだ。中距離型や左回りが得意な馬に選択肢を与えず、無理やり天皇賞・春に集まるように仕向けているが、今年の顔ぶれを見ると、もはや限界に達した印象だ。数こそ17頭集まったが、重賞勝ちのない馬が半数近い8頭で、少数のG1級とオープン特別の常連が混在していた。近年では天皇賞・春が「頂上決戦」となる例は、キタサンブラックとサトノダイヤモンドが参戦した昨年を例外としてほぼ見られず、少数の一流馬で辛くも権威を保っていた。この状況で、4月末か5月第1週というカレンダーの「一等地」を割り当てるのは無理がある。大阪杯のG1昇格は、レーティングによる国際グレード管理の厳格化を受けた窮余の策だが、天皇賞・春が3200メートルのままでは一流馬の適性にはまる競走がない状況は続くことになる。

香港、ドバイでも勝てず

さて、天皇賞・春を袖にして、同日の香港に向かったアルアインとダンビュライトは、クイーンエリザベス2世杯で惨敗を喫した。優勝したパキスタンスターのタイムは2分0秒21のレコードで、アルアインは勝ち馬から6馬身半差の5着、ダンビュライトは9馬身半差の7着だった。先行馬有利の馬場を考慮して両馬とも前寄りの位置で運んだが、直線では離される一方。なすすべなく沈んでいった。今回は中央競馬のネット投票で馬券が発売されたが、アルアインが3番人気、ダンビュライトが4番人気で、国内の購入者もある程度、苦戦を予想していた。レコード決着の昨年の皐月賞1、3着馬が香港の高速決着で何もできなかった事実は深刻だ。

もともと「世界の競馬」といっても、国ごとに施行のありようはバラバラで、五輪やサッカーのワールドカップのように万人が認める頂上決戦は存在しない。同じ欧州でも英国とフランスでは相当な差があり、英国伝統の「キングジョージ」と、フランスの凱旋門賞の両方を勝てばレジェンドとなる。米国はダート主体で、似たような走路は世界でもドバイのメイダン程度しかない。米欧の路線を行き来する馬は極めて珍しく、欧州のスターが時折、引退後の種牡馬価値を上げるために参戦する例があるぐらいだ。競馬開催国の数だけ「ガラパゴス」が並立している形だが、英国とフランスは長い伝統故に、また米国は生産界に集まる資金の厚み故に、ガラパゴスの中で高い権威を保っている。

後発競馬国・日本にはこうした権威はない。ジャパンカップの外国馬が少ないのもそのためだ。1990年代前半から半ばにかけては、生産界のバブル状況に着目した外国勢が、種牡馬売り込みを狙って参戦した時期もあるが、国内生産界の種牡馬輸入が減ると参戦も減った。

日本の競馬の特徴はオーバル(楕円形)トラックのタイムの速い芝コースだが、似ているのは米国西海岸、香港、ドバイ、オセアニアなど。米国の芝はそもそも主流でなく、香港、ドバイなども世界の競馬地図の中では辺境に位置する点は日本と同じだ。日本調教馬は過去、海外G1を34勝したが、内訳は香港14、ドバイ7(1つは全天候馬場のドバイワールドカップ)、オーストラリアが4、シンガポール2、米西海岸の芝が1で、欧州ではフランス5、英国1である。結局、勝てるのは世界の競馬の非主流に属する領域で、今世紀に入って欧州で1勝(16年仏イスパーン賞=エイシンヒカリ)だけ。だから、ドバイや香港で勝てないとつらい。

地力強化の地元馬に屈し…

ドバイ・シーマクラシックで4着のレイデオロ(右から2頭目)=共同

今回の2頭は同じクラブ法人、サンデーレーシングの所有で、ダンビュライトは逃げた地元の人気馬タイムワープに競りかけてペースを上げ、アルアインの援護射撃を図った。これがレコード決着につながったが、策を打っても勝てなかったのは高レベルとされる現4歳勢の「底」を見せた点で痛い。香港はもともと1200~1600メートル路線の競争力が高く、中距離は手薄とされていたが、近年は2000メートル路線でも戦力が向上。日本馬が簡単には勝てなくなったことを今回の結果は示す。

香港に先立って3月31日にドバイ・メイダンで行われたドバイ国際競走でも、期待されたドバイターフ(DT=芝1800メートル)とドバイ・シーマクラシック(DSC=芝2410メートル)で勝てなかった。DTは5頭が参戦し、前年覇者のヴィブロスが2着、リアルスティールとディアドラが3着同着だから、悪い成績ではない。だが、DSCはG1勝ち馬3頭が参戦して最高が17年の日本ダービー馬レイデオロの4着とさえなかった。18年のドバイは芝、ダートとも先行有利で、活躍したのは地元馬。欧州勢が手薄で勝機は大きいとみられていただけに、ショックは大きい。近年の日本馬の遠征をみると、行き先もドバイ、香港に集約される流れで、事実上、国内で前哨戦を勝てば出走可能な米ケンタッキーダービーにも音無しの構えだ。半面、凱旋門賞のようなハードルの高いレースにも、「日本のトップ級なら戦える」という過度な楽観が感じられる。「日本馬は強い」という意識が慢心となっていないか。一連の結果を警鐘と見るべきだ。

(野元賢一)

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