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竹本住太夫さん死去 文楽太夫の人間国宝、93歳

2018/4/28 19:17
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人形浄瑠璃文楽の語り手(太夫)で人間国宝の竹本住太夫(たけもと・すみたゆう、本名=岸本欣一=きしもと・きんいち)さんが4月28日午後2時42分、肺炎のため大阪市内の病院で死去した。93歳だった。告別式は5月1日午後0時30分から大阪市阿倍野区阿倍野筋4の19の115のやすらぎ天空館。喪主は妻、光子さん。

公演で語る竹本住太夫さん(2013年1月、大阪市の国立文楽劇場)

公演で語る竹本住太夫さん(2013年1月、大阪市の国立文楽劇場)

大阪市生まれ。幼い頃から養父の六世竹本住太夫に義太夫節の手ほどきを受けて育った。1944年9月、大阪専門学校(現・近畿大)を繰り上げ卒業。召集先の中国で終戦を迎えた。

46年、二世豊竹古靱太夫(こうつぼだゆう、後の山城少掾=やましろのしょうじょう)に入門。豊竹古住(こすみ)太夫の名で初舞台を踏み、「初の大学卒の太夫」と話題になった。

文楽が48年に2派に分かれた際は組合派(後の三和会)に属し、二世野澤喜左衛門の猛稽古を受けた。60年、九世竹本文字太夫を襲名し、81年に演目の見せ場を語る「切場語り」に。85年、七世竹本住太夫を襲名した。

「時代世話」と呼ばれる分野の演目を得意にし、「伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)」の「沼津」や、「摂州合邦辻(がっぽうがつじ)」の「合邦庵室(あんじつ)」などを好演した。

89年に人間国宝に認定され、2002年に日本芸術院会員。05年に文化功労者。14年5月の東京公演で引退し、同年、文楽界で初めて文化勲章を受章した。1999年4月、日本経済新聞に「私の履歴書」を連載した。

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