2019年5月24日(金)

北欧のノキア城下町激変 5Gの起業基地に

2018/4/28 6:30
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首都ヘルシンキの600キロメートルほど北に位置する、オーロラで有名なフィンランド北部最大の都市オウル。かつて「ノキア城下町」として栄えた同市は、「北欧のシリコンバレー」としてスタートアップ企業を生み育む街へ変わろうとしている。

同市最大の総合病院であるオウル大学病院。小児科、内科の病棟の扉を抜けた先には、誰もいない手術室に、通信機器を設置した一角がある。

「ここの天井にあるのが、次世代通信規格『5G』の電波発生装置だ」。オウル大学病院に拠点を置くOYSラボのビエホ・ロッパイネン最高情報責任者(CIO)は、天井にとりつけられた薄い小型装置を指さした。「日本などのアジア、欧州、幅広い国の医療関連の企業が訪ねてくる」という。

OYSラボの特長は世界に先駆けて、実際の病院内に5Gを使った実験施設を設けた点だ。医師や看護師らの意見を聞きながら、医療に関わる装置の開発ができる。

実証実験を持ちかける企業は120社以上を超えた。体調を測定する、身につけて使うウエアラブル端末の開発にもつながった。「5Gを使った遠隔手術システムの開発にもつなげたい」とロッパイネンCIOは話す。

■主産業を変革

オウル市の主産業は、1900年代ごろまでは豊かな森林から得られる木材やパルプだった。転換点となったのが大学設立だ。フィンランドは南部の首都ヘルシンキを中心に人口が集まっていたが、北部の若い人口の流出を食い止めようと58年にオウル大学が設立された。電気工学科などで通信やエレクトロニクスを学べるようになった。

オーロラの発生する大気の帯域「電離層」の研究がのちに無線通信の周波数帯の研究につながるなど、オウル大学と企業が連携した産学の技術開発が盛り上がった。オウル市でも電子や通信機器関連企業の集積を目指す「テクノポリス構想」が立ち上がり、ノキアをはじめとした欧州の有力企業が次々と研究拠点を設けていった。

だが、2012年のいわゆる「ノキアショック」が危機をもたらした。携帯電話からスマートフォン(スマホ)への転身に失敗したノキアは社員1万人を削減すると発表。無線通信事業の拠点や研究所のあったオウルにもリストラの波は押し寄せ、町の人口20万人に対し失業者は2500人まで増えた。

どん底の経済を立て直すきっかけとなったのが、同市が出資した支援機関「ビジネスオウル」だ。スタートアップ企業に投資する金融機関を紹介したり、展示会や企業とのマッチングイベントなどを主催したりする。

さらにビジネスオウルは、オウル市の失業者や企業の立て直しに向け、3本の矢を放った。企業の誘致、起業の支援、そして国際化だ。

ソニーも進出

ノキアの城下町だったオウルには無線技術のエンジニアが大勢いた。まず台湾の半導体メーカー聯発科技(メディアテック)が研究開発拠点を設けた。「ベテランのエンジニアも、大学を卒業したばかりの生きのいいエンジニアもいる」(メディアテックマネジャーのJ・S・パン氏)からだ。ソニーや独コンチネンタルなども進出した。

「ノキアはフィンランドの企業だったが、世界に目を向けている企業の立地や産業の育成を考えた」とビジネスオウルのキーアカウントディレクターを務めるヤンネ・ムストネン氏は話す。力を注いだのが創業したばかりのスタートアップと大手企業を引き合わせていった点だ。「全く異なる技術をもつ企業同士をうまく融合させると、思わぬサービスが生まれる」とムストネン氏は話す。

世界の企業が集まり、新たなサービスや技術開発を目指す。OYSラボもその一例だ。「街をあげて5Gの検証に取り組む。そうすると、5Gに興味をもつ企業はオウルに開発拠点を置いて挑戦してみようかというサイクルになる」(ムストネン氏)という。

地道な取り組みが功を奏し、14年から16年までの3年間で500社以上のスタートアップが設立され、事業を開始した。

例えば元ノキアのエンジニアが立ち上げたウエアラブルベンチャーのオウラリング。指輪型の端末をはめると、睡眠時間を追跡してくれる。タクトテックは健康家電や自動車などに組み込める曲線型の薄い回路基板を開発する。通信技術をもとにした起業が多い。

さらに起業家の育成の後押しとなったのが、ノキアがリストラ後に始めた再就職プログラム「ブリッジプログラム」だ。ビジネスプラン作りなどの専門の講座を受けた後、起業する資金として2万5千ユーロを補助するものだ。ムストネン氏は「ノキアに頼っていたオウルは、北欧のシリコンバレーになりつつある」と力を込める。

ひるがえって日本。パナソニックシャープなどの電機大手はノキアと同時期にリストラを経験し、日本の電機業界が失った人材は12万人にのぼると言われる。リストラを経て身軽になった電機大手は、業績だけ見れば回復傾向にある。

ただ、かつての日本の大手のものづくり企業の城下町は、新たな企業や海外企業の成長力を取り込み、変革を遂げられているか。北欧の小さな都市から学ぶべき点は少なくない。

(企業報道部 大西綾)

[日経産業新聞 2018年4月24日付]

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