2018年11月20日(火)

任天堂、「脱カリスマ」へ集団経営 社長に古川氏

2018/4/26 21:00
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任天堂は26日、6月28日付で古川俊太郎取締役(46)が社長に昇格する人事を発表した。君島達己社長(68)は相談役に退く。経理畑が長い古川氏を中心に管理と開発で役割を分担する集団経営の体制を固める。創業家の故・山内溥氏以降続いたカリスマ経営からの脱却に向け、古川氏は同じ実務家だった君島氏からバトンを引き継ぎ、ゲーム産業の荒波に乗り出す。

任天堂の次期社長に決まり握手する古川俊太郎取締役(左)と君島達己社長(26日、大阪取引所)

任天堂の次期社長に決まり握手する古川俊太郎取締役(左)と君島達己社長(26日、大阪取引所)

古川氏は経営企画室長として管理業務全般に精通し、国際経験も豊富だ。開発トップの高橋伸也取締役、ゲーム機開発トップの塩田興取締役らとのチームで経営を担う。ソフト開発の責任者を長年務めてきた宮本茂代表取締役(65)が新経営陣を支える。

君島社長は記者会見で「決算が想定よりも良かったのをみて交代を前倒ししてもいいと思った」と明かした。同日発表した2018年3月期の連結決算は売上高が前の期の2.2倍の1兆556億円、純利益が36%増の1395億円。増収の大半が主力ゲーム機「ニンテンドースイッチ」の効果だ。19年3月期も純利益は前期比18%増の1650億円を見込む。

15年の君島社長就任まで、任天堂の経営はカリスマが引っ張ってきた。創業家の山内氏と、55歳で急逝した前社長の岩田聡氏だ。岩田氏は天才プログラマーとして知られ、42歳の若さで山内氏から社長を引き継いだ。「開発から経営まで権限を握っていた岩田を失った衝撃は大きかった」。幹部OBは振り返る。

「長く続けるつもりはない」。旧三和銀行出身の君島氏は社長就任の前後、周囲にこう漏らしていた。16年3月期は携帯ゲーム機の不振で大幅な減益に見舞われるなど、どん底での急登板だった。

それでもトップに依存しない経営体制が不可欠だと感じ、執行役員制度を導入し、40代の若手を積極的に起用してきた。

君島氏は本業の立て直しも進めた。昨年3月発売の「スイッチ」は岩田氏が開発を指示した遺産。君島氏はそれを引き継ぎ、先代機「Wii U」からの切り替え時期、生産や販売の戦略を決めヒットにつなげた。

有力ソフト「ゼルダの伝説」では開発者が満足いくものを作れていないとの判断から、当初2~3年を想定した開発期間を5年に延長させて投入時期をスイッチ発売に合わせた。その後も有力ソフトが続くように綿密な計画を練ったことが、スイッチの成功につながった。

「スイッチの立ち上げと世代交代が私の役目だった」と君島氏。2本の柱が育ち、バトンタッチの機が熟した。

任天堂は中長期の経営計画を定めていない。収益ありきでは良い開発ができないとの考えからだ。だからこそ手綱の締めたり緩めたりを判断できる管理能力と、開発者が我が子のように思うゲーム機でも生産をやめる胆力が必要。古川氏が社長に選ばれたのもこのためだ。

1983年の「ファミリーコンピュータ」の発売で世界的に有名になり、任天堂は日本を代表する企業に成長した。ただゲーム情報誌「ファミ通」の調べによると、16年の国内のスマートフォン(スマホ)ゲーム市場は9690億円で、家庭用ゲーム機の3倍近く。市場構造が大きく変わるなか、任天堂が家庭の娯楽の中心であり続ける保証はない。

「事業全体に占めるスイッチの割合が高くなっており、スマホゲームなど他のビジネスを育てる必要がある」と古川氏。脱スイッチ依存も新経営陣が直面する課題だ。(上田志晃)

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