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夫に支えられ心の底からレース楽しむ 宮下瞳(下)

2018/4/29 6:30
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日本で騎手と母親の二足のわらじを履く人は、後にも先にも宮下瞳(愛知県競馬)一人である。周囲の支えなしには不可能で、宮下が人に恵まれたことは確かだ。鹿児島市の生家は馬を飼っていて、幼時からポニーに乗っていた。中学を卒業すると、兄康一(44、現兵庫県競馬)の後を追って名古屋へ。当初は女性も騎手になれることさえ知らなかったが、兄がいる名古屋とあって、騎手志願に家族の反対はなかったという。

デビューは1995年。「最初は勝てなかった」と話すが、年を追って勝ち星は伸び、2005年に自己最多の84勝と、名古屋・笠松を合わせた東海地区で7位に躍進。同年に同僚騎手の小山信行(49)と結婚した。

家庭に入った後も小山の理解のおかげで騎手を続けられた。09年に釜山行きを告げると、夫は「いいよ、行ってきて」。子育ての最中に現役復帰にも「いいんじゃない」と背中を押された。「口数は少ないけど、優しい」(宮下)という夫の助けは大きかった。

復帰前に厩務員を経験、「周りが見えるように」

復帰した16年は3カ月半で24勝。昨年は61勝。数字は引退前と大差がないが「まだ、いい時には戻り切っていない。年齢の影響もある」と満足していない。一方で、復帰前に厩務員を経験したことでレースへの向き合い方が変わった。「厩務員の人たちがどれだけ馬に手をかけているかを改めて知った。今は調教でも馬の気配を感じて負荷の量を調整している」と話す。

復帰前に比べて「周りが見えるようになった」とも話す。以前は「勝たなければ」という意識が前面に出た。当時を知る高崎競馬騎手出身の競馬リポーター、赤見千尋(40)は「気持ちの強い人で、怖くて話しかけられない時もあった」と振り返る。だが、コースに戻った今、宮下は心の底からレースを楽しむ。話す間も笑顔を絶やさない。

2月16日には地元の重賞・梅見月杯をポルタディソーニで優勝=愛知県競馬組合提供

2月16日には地元の重賞・梅見月杯をポルタディソーニで優勝=愛知県競馬組合提供

夫の信行は昨年で現役を退き、単身、釜山に赴いて調教助手として活動中。子育ての手が減った形だが、隣家に住む厩務員の高齢の母が、折に触れて支えてくれる。有力馬とも巡り合った。中央で5戦1勝の後、移籍してきたポルタディソーニ(牝4)で昨年と今年、地元重賞を2勝した。家では「ママ、今日は勝った?」という長男の質問がエネルギーになっている。高知の別府真衣(30)との競争が続く女性騎手の歴代最多勝記録を伸ばし、騎乗する姿を次男が理解できる時期までは乗り続けるのが目標。その歩み自体が、地方だけでなく、中央の藤田菜七子(20)ら、後続世代の女性騎手のロールモデルとなっている。(敬称略)

(野元賢一)

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2月16日には地元の重賞・梅見月杯をポルタディソーニで優勝=愛知県競馬組合提供愛知県競馬組合提供

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