2018年11月19日(月)

本塁打で稼ぐ 勝ち組VCに見る「ベーブ・ルース効果」

CBインサイツ
米巨大ITへの逆風
スタートアップ
コラム(テクノロジー)
(1/3ページ)
2018/4/23 2:00
保存
共有
印刷
その他

CBINSIGHTS

 スタートアップへの投資には失敗はつきもの。ベンチャーキャピタル(VC)による投資は、2割の投資案件がリターンの8割を生み出すという。イタリアの経済学者が提唱した「パレートの法則」がほぼ当てはまるという。米大手VC幹部はこれを「ベーブ・ルース効果」と呼ぶ。伝説の野球選手は三振も多いが本塁打を量産したためだ。本塁打をかっ飛ばした勝ち組ベンチャー投資の共通項を探る。

日本経済新聞社は、スタートアップ企業やそれに投資するベンチャーキャピタルなどの動向を調査・分析する米CBインサイツ(ニューヨーク)と業務提携しました。同社の発行するスタートアップ企業やテクノロジーに関するリポートを日本語に翻訳し、日経電子版に週1回掲載します。

VCは、リターンは「パレートの法則」に従っている。つまり、案件の2割がリターンの8割を生み出すものだ。優れたベンチャー投資家は、こうした勝ちを得るには、多額の損失を被ると理解した上で投資している。

米VC大手Andreesen Horowitz(アンドリーセン・ホロウィッツ)のクリス・ディクソン氏は、これを1920年代の伝説的な野球選手に例えて「ベーブ・ルース効果」と呼ぶ。ベーブ・ルースは三振が多かったが、ホームラン記録も樹立したからだ。VCも大きく振れば、時にはホームランになる。こうした勝ちは全ての負けを補い、「ファンドにリターンをもたらす」というのだ。

VCが投資した企業のエグジット事例のトップ25

VCが投資した企業のエグジット事例のトップ25

米Union Square Ventures(ユニオン・スクエア・ベンチャーズ、USV)のフレッド・ウィルソン氏は社内向けの文書で、ファンドを黒字にするには、10億ドル規模のエグジット(投資回収)が2回は必要だと指摘した。「もっとも、大事なのはエグジットすること」だと言う。

CBインサイツはVCに大成功をもたらした28社について分析した。今回はこの中からトップ5社の事例を紹介する。

こうした「ホームラン投資」の共通項は何か。ウェブアーカイブや、書籍、創業者へのインタビュー、CBインサイツのデータベースなどからデータや情報を抽出した。まずは概要からざっと並べてみよう。

(1)米対話アプリのワッツアップは米Sequoia Capital(セコイア・キャピタル)だけと提携することを早々に決断した。セコイアはワッツアップに6000万ドルを投資し30億ドルのリターンを得た。

(2)フェイスブックの指数関数的な成長により、米Accel Partners(アクセル・パートナーズ)など初期の投資家は大成功を収めた。フェイスブックに最初に投資したピーター・ティール氏でさえ、同社が過大評価されているとの懸念から後の増資ラウンドへの参加を見送った。だがアクセルはフェイスブックを信頼し続けた。

(3)グルーポンは社会活動のプラットフォームからクーポン共同購入へと事業モデルを転換し、共同創業者兼会長で筆頭株主のエリック・レフコフスキー氏に巨額のリターンをもたらした。

(4)米光ファイバー通信Cerent(セレント)は米Kleiner Perkins Caufield & Byers(クライナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤーズ、KPCB)のパートナーによって設立された。KPCBは当初から投資に参加し、21億ドルのリターンを得た。

(5)写真・動画共有アプリ「スナップチャット」を運営する米スナップは初期の投資家、米Benchmark Capital Partners(ベンチマーク・キャピタル・パートナーズ)と緊密な関係を構築。「(性的なメッセージや画像などを送る)セクスティング」用の流行アプリにすぎないとのイメージを払拭した。

:具体的に記していない限り、下記で使われている「リターン」は、IPO(新規株式公開)または売却時の額面価格に基づいて計算されている。アーンアウト(例えば、ガン治療薬の開発を手掛けるステムセントルクスなどに適用される)やロックアップは計算に入れていない。

では、こうした企業や投資家は具体的にはどんな行動を取ったのか。以下に企業ごとに掘り下げてみよう。

(1)ワッツアップ

フェイスブックは14年、ワッツアップを220億ドルで買収した。民間企業によるVCの出資を受けたベンチャー企業の買収としては過去最大で、現在でもこれを上回る案件はない。これはワッツアップの唯一の投資家、セコイア・キャピタルにとっても大勝利だ。

セコイアの成功の土台になったのは、ワッツアップの共同創業者ブライアン・アクトン氏とジャン・コウム氏との専属パートナーシップだった。

初期の投資家がスタートアップに資金を投じる際は、関心を集めて投資の正当性を示すため、他の投資家も誘おうとするのが一般的だ。その結果、スタートアップの資本構成表には5~6社ものVCが名を連ねることになる。このため、初期の資金調達ラウンドは「パーティーラウンド」と呼ばれている。

だが、ワッツアップとセコイアは別の戦略をとった。セコイアは11年に実施されたワッツアップのシリーズAラウンド(調達額800万ドル、評価額7840万ドル)に単独で参加。続いてシリーズBでも唯一の投資家となった。

ワッツアップの創業者は型破りなことで知られる。例えば、2人は創業したばかりの頃、広告に異を唱えると表明した。自社サービスに広告を掲載せず、アプリ利用者の使い勝手を犠牲にして収益を上げることはないと誓ったのだ。

このため、エクイティ・ファイナンスによる資金調達額が6000万ドルにとどまるのに、外部の資金供給源として単独のVCとの関係構築を選んだのも驚きではなかった。

セコイアも、アプリ利用者が数億人に増えても収益はわずかだったワッツアップの未来を信じる姿勢を示し続けた。VCがこうした信念を持って投資する場合には、出資比率は高くなる。他のVCがひしめく案件とはこの点も対照的だ。

例えば、ツイッターは調達額が6000万ドルに達した時点で、十数社の外部投資家を抱えていた。上場時には、シリーズAを主導したUSVの出資比率はわずか5.9%だった。

ワッツアップとツイッターの資金調達
ワッツアップツイッター
シリーズA調達額800万ドル500万ドル
投資家の数18
リードインベスターセコイアUSV
シリーズB調達額5200万ドル1500万ドル
投資家の数16
リードインベスターセコイア米Spark Capital(スパーク・キャピタル)
シリーズC調達額なし3500万ドル
投資家の数なし6
リードインベスターなし米IVP

これに対し、ワッツアップは最初からVC1社としか組まない方針を示していた。セコイアはシリコンバレーのキングメーカーとしての実績と豊富な資金力を武器に、中小VCの米Felicis Ventures(フェリシス・ベンチャーズ)らを一蹴したのだ。11年4月のワッツアップのシリーズAで800万ドルを投資すると、13年7月にはさらに5200万ドルをつぎ込んだ。

ワッツアップの資金調達額と評価額
シリーズAシリーズB買収時
出資を受けた額800万ドル5200万ドルなし
企業評価額7840万ドル15億ドル220億ドル

セコイアがワッツアップの評価額を15億ドルとして5200万ドルを追加投資した時点では、ワッツアップの売上高は2000万ドルだった。つまり、セコイアはワッツアップ株を売上高の75倍以上で購入したことになる。

この決断は報われた。フェイスブックがワッツアップを220億ドルで買収した時点では、セコイアの投資額は計6000万ドル、出資比率は約18%に達していた。セコイアの持ち株には30億ドル以上の価値がつき、リターンは50倍になった。

セコイアにとって、ワッツアップがフェイスブックに買収されたのは別の意味でも満足のいく勝利だった。

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は買収の10年前に、セコイアのパートナー、マイケル・モーリッツ氏に恨みを抱いていたショーン・パーカー氏にけしかけられてセコイアへの売り込み会議にわざと遅れたのだった。

その会議はいたずらが目的で、ザッカーバーグ氏にセコイアから出資を受ける気は毛頭なかった。ザッカーバーグ氏はパジャマ姿で到着すると、「投資を見合わせるべき10の理由」と題した米著名テレビ司会者のデビッド・レターマン風の皮肉に満ちた売り込み資料を提示した。

ザッカーバーグ氏は後にあるインタビューで「セコイアの気分を害したと思う。悪いことをした」と反省した。ザッカーバーグ氏にワッツアップを売りつけて30億ドル以上を奪ったことで、セコイアは一矢報いたことになる。もう一つの最大規模のVC案件であるフェイスブックへの投資に誘われなかった恨みも晴らせたはずだ。

  • 1
  • 2
  • 3
  • 次へ

今なら有料会員限定記事もすべて無料で読み放題

保存
共有
印刷
その他

電子版トップ



[PR]

日本経済新聞社の関連サイト

日経IDの関連サイト

日本経済新聞 関連情報