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大谷に思う米国野球の遊戯性と懐の深さ

現役時代に日米野球で様々な投手と対戦したが、意外にも大リーガーの中に「すごい」と感じる投手はそれほどいなかった。むしろ、きりきり舞いさせられた印象が強いのは大リーガーの卵たちだ。1975年の日米大学野球選手権。当時同志社大4年で、日本代表の一員として米国に遠征した私は彼らの球の速さに圧倒された。

その一人がフロイド・バニスター。左腕から繰り出す速球は見たこともない速さで、あの江川卓(当時法大)の球が遅く感じたほどだった。ほかにも剛速球投手が何人もいて、後に巨人に入る平田薫(当時駒大)などはバントを試みてバットに当てることもできなかった。

当時の米国はレベルが高く、後にバリバリの大リーガーとして活躍する選手がそろっていた。この年の大会は米国開催だったこともあり、大リーグ各球団のスカウトたちが集結。彼らにアピールしようとこれでもかと投げ込むのだから、日本の打者が手を焼いたのも当然だった。ちなみにバニスターはマリナーズ時代の82年に209奪三振でア・リーグのタイトルを獲得。その後、ヤクルトにも在籍したからご記憶の方もいるだろう。

オープン戦の不振、「背伸び」原因

こんな猛者たちがしのぎを削るのだから、大リーグはやはりすごいところだと痛感した。それを思うと、自ら荒波に飛び込んでいく現代の日本人大リーガーは大したもので、なかでも大谷翔平(エンゼルス)の活躍には驚きを隠せない。本拠地デビュー戦からの3試合連続本塁打は見事だったが、うち2本を中堅深くに打ち込んだ打撃はメジャーの強打者も顔負け。投手としてもこれ以上ないスタートを切った。

オープン戦の大谷は打撃で苦しんだ。不調ぶりに現地では実力を疑問視する報道があったが、いぶかるのも無理はなかった。そのころの大谷は、日本の好調時と違ってテークバックで右腕が伸び、始動の際に手の位置が顔からずいぶん離れていた。腕と体がずれているから振り始めが大きい、いわゆる大振りになり、強い打球を飛ばせない打ち方になっていた。大振りになったのは、遠くに飛ばせるところを見せたい思いが強すぎたためだろう。

ただ、いざ公式戦に入って修正してきたあたりはさすが。本人はスイングを「コンパクトにした」という内容のコメントを残していたが、私にいわせれば日本時代のいいときに戻したにすぎない。いつも冷静な大谷がオープン戦で"背伸び"をしたのは、それだけ大リーグでも投打の二刀流を貫くことへの重圧を感じていたからかもしれない。だが、身長190センチを超える大谷はもはや体も技もしっかりできあがっている。背伸びなどせず、等身大のまま臨めばよかったのだ。

米国のファンは大谷の登場を、名前の「翔平」をもじって「SHO TIME」の言葉で出迎えるという。投打に大車輪のニューカマーの活躍を「ショー」と捉えて楽しむところに、かの国の懐の深さを思わずにはいられない。そもそも野球をすることを英語で「PLAY」という。野球は選手にとって仕事である前に、立派な遊びなのだ。投手をやりながら本塁打も打つというのはまさに子ども時代の遊びの延長のようであり、大谷は究極の「PLAYER」といえるだろう。

ファンが敬意、選手に思い投影

ロサンゼルスのドジャースタジアムでのことだったか、自分の息子を見るように選手を見つめる老夫婦が客席にいて「おまえはできるんだ」というようなことをつぶやいていた。ほかの観客もそうだが、ひいきのチームが失点したときなどに自分も残念に思うのが米国のファン。なかには選手をけなして自己満足を覚える人もいるだろうが、大半は選手に同情し、一緒に落ち込んでいるように思う。

背景として、ファンが尊敬の念を持って選手を見ていることがあるだろう。それだけメジャーリーガーが社会的地位を得ているということでもある。ファンは球団を地域のかけがえのない公共財と捉え、選手を地元の英雄として扱い、彼らの躍動を心から楽しむ。大リーグが地域に寄り添った存在として発展してきたことが、野球を「ナショナルパスタイム(国民的娯楽)」の地位に押し上げたといえる。遊戯性や娯楽性が充満した、極上の空間としてのスタジアム。その豊かな雰囲気に引かれたことも、大谷らが海を渡った理由なのかもしれない。

今や大リーグにとって重要な人材供給源となっている我が国のプロ野球。優秀な選手に去られたら去られたで、またいい選手が出ているのは確かだが、果敢に大リーグを目指す選手と比べて物足りなさを感じることも少なくない。たとえばオリックスのエース、金子千尋。かつては相手打者が打ちづらい投手の代表格だったが、近年はその印象が薄れてきている。

金子といえば球種の多彩さが持ち味。ただ、最近は変化球に頼るあまり、それほど直球を投げなくなっているように思う。あれだけ変化球を多投すると、変化球に的を絞って待つ打者が多くなるのではないか。せっかくいい真っすぐを持っているのだから、もっと真っすぐを意識させれば変化球も生きてくると思うのだが。けんかするくらいの迫力を直球に込めて打者に立ち向かうから、変化球でかわせるわけで、初めからかわそうという投球では戦えない。遊びの中に潜むけんかの要素も野球には欠かせないものだ。

その点、大谷はあの快速球を前面に押し立てて相手打者を圧倒しにいっている。真っ向から打者と対決しようという気概が感じられる。我々が大谷の投球に引き込まれる理由は、そういうところにもあるのかもしれない。

「大谷には160キロを超える速球があるから」とひがむ投手にはこう言いたい。160キロを投げるから圧倒するのではない。「圧倒しよう」という思いが160キロを投げさせるのだと。23歳の大谷は今、本場の野球を勉強中だが、その大谷から我々が学ぶことは多い。

(野球評論家 田尾安志)

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