エアウィーヴ、釣り糸で紡ぐ快眠寝具
(アントレプレナー)高岡本州会長兼社長

2018/4/18 6:30
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反発力の強い樹脂を使った高級マットレスを販売するエアウィーヴは「睡眠の質」を追求して急成長してきた。原点は倒産寸前の小さな工場。44歳で伯父から射出成型機メーカーを引き継いだ高岡本州会長兼社長(57)。工場を存続させるためにひねり出したのが、マットレス作りという発想の転換だった。

■発想の転換で倒産救う

高岡本州会長兼社長
1985年、慶応義塾大院経営管理研究科修了、日本高圧電気入社。98年、社長に。2004年、伯父から射出成型機メーカーを引き継ぐ。07年、高級マットレス「エアウィーヴ」発売

高岡本州会長兼社長
1985年、慶応義塾大院経営管理研究科修了、日本高圧電気入社。98年、社長に。2004年、伯父から射出成型機メーカーを引き継ぐ。07年、高級マットレス「エアウィーヴ」発売

愛知県幸田町にあるエアウィーヴの幸田工場。大型の水槽の中から、太めの釣り糸のような樹脂が複雑に絡み合ったものが引き上げられてきた。これをカットしてカバーを付ければ高級マットレス「エアウィーヴ」のできあがりだ。

素材が釣り糸のように見えるのには理由がある。工場はもともと、釣り糸や漁網を作る射出成型機を生産していたのだ。

1998年に37歳で父親が経営する配電機器メーカー、日本高圧電気の社長を引き継いだ高岡氏。その直後に大口顧客の電力会社が設備投資を抑えたため、80億円ほどあった年間売上高がみるみると減り始めて40億円強に。なんとか立て直した頃に伯父から難題を持ちかけられた。

「うちの会社を引き取ってもらえないか」。射出成型機のメーカーだったが、とっくに中国など海外勢に押し込まれており、年に4~5台を作る程度。日本高圧電気の仕事を肩代わりさせてしのいだが、配電機器の生産もアジアに移さざるを得ない状況となってきた。

「申し訳ないがつぶさせてほしい。社員は日本高圧で引き取るから」。2004年秋、ついに高岡氏は伯父に告げたが「俺の工場が更地になるのは、見たくないんだ」と懇願された。20人ほどいた社員はたった5人になっていた。

「貧しいのはよくない。心がすさむ」。高岡氏の頭には、子供の頃から繰り返し父に諭された言葉が浮かんだ。社員がすさむ姿は見たくない。どうしたものかと、追い詰められた高岡氏が思い出したのが、20代で経験した自動車事故だった。乗っていたタクシーが追突されて頸椎(けいつい)を傷めた。布団や枕をどれだけ変えても寝返りを打つ度に首が痛む。

「この釣り糸を寝具の素材にしたら面白いんじゃないか」。実際に試作してみると寝起きがすこぶる気持ち良いように感じた。後で分かったことだが、反発力の強い樹脂製の素材が体重を均等に受け止めてくれるのだ。

早速、寝具メーカーや家具メーカーに素材を売り歩いた高岡氏。だが当時はウレタン素材の寝具がブーム。「誰もまともに話を聞いてくれなかった」と振り返る。2年間、空振りが続き、「それなら自分でマットレスを作ろう」と決心した。

1年かけて開発したエアウィーヴの出だしは順調だった。ターゲットは健康への関心が高い層。ニッチ市場を地道に取る戦略だ。そこに思いもしなかった事件が起きた。

■真央ちゃん愛用 飛躍のきっかけ

11年2月。フィギュアスケートの四大陸選手権に遠征する浅田真央選手を空港で取材したテレビ報道がちょっとした話題となった。浅田選手の手に「マットレス」と書いてある。持って行くのを忘れないようにとの気づかいだが、これこそエアウィーヴのことだった。

浅田選手がエアウィーヴを愛用していることを知っていた高岡氏は早速、浅田選手に広告出演を依頼する。当時はまだ年間売上高が3億円ほど。高岡氏にとっては賭けだったが、これが飛躍のきっかけとなった。

唐突に舞い込んだチャンスだったが、勝負をかける準備は進めていた。08年秋、高岡氏は早稲田大学の研究者に「睡眠研究」を持ちかけた。「ブランドの構築はストーリーの積み重ね」と話す高岡氏。浅田選手など一流のアスリートがなぜエアウィーヴを選ぶのか。睡眠の質が改善されるということが分かっていたからだという「ストーリー」を築くことに、時間とカネを使っていた。

そこから急激に成長し、売上高も100億円を突破したエアウィーヴだが、15~16年ごろに踊り場を迎える。海外展開に打って出ようとしたことがあだとなり、後発組にシェアを取られたことが原因だった。

高岡氏は原点回帰を決める。「国内を固め直してからもう一度、海外で勝負する」。20年の東京五輪・パラリンピック後に想定する上場までは「ストーリー」の再構築に力を入れるという。17年秋、楽天からの出資を受け入れた。睡眠データを蓄積してブランド力の向上につなげる考えだ。

釣り糸からマットレスという発想の転換で寝具業界に新風を吹き込んだ高岡氏。14年前、どうすれば倒産を免れるか考え抜いた射出成型機工場は今、マットレス工場に生まれ変わり250人が働いている。注文に追われはするが、少なくとも心はすさんでいない。高岡氏は、そう信じている。 (杉本貴司)

[日経産業新聞 2018年4月16日付]

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